2013年4月25日木曜日

ダルビッシュ・有とA.J・バーネット

現時点でのメジャーリーグの奪三振レースはA.J・バーネットが42個で1位、ダルビッシュが38個で2位につけている。恐らく明日の登板で一時的にはダルビッシュが一位になるだろう。

ただ、このバーネットとダルビッシュが1位2位になっているということについては、理論的に面白い見方が出来る。この二人は今のメジャーでは少なくなったスインガータイプの先発右腕である。ただ、面白いのはそれだけでは無い。

まずは、両者の奪三振シーンを動画で見てほしい。

A.J・バーネット
2013/04/07 Burnett strikes out nine Dodgers

ダルビッシュ・有
10/5/2012 プレーオフ、ダルビッシュ6回2/3 7奪三振!

両者とも、80マイル前半〜中盤の縦スラのような落ちる球で空振りを取るシーンが目立つ。バーネットは、いわゆる”スライダーに間違えられやすいハードカーブ”を投げるタイプなので、何球かはカーブだと思うが。

もちろん、こうした球は、他の先発投手も投げるが、ダルビッシュやバーネットは特に目立つ。そして、こうした中速系で縦に落ちる、抜く感じの変化球が投げやすいのもスインガータイプの特徴だ。

そして、ここで重要なのは、落ち幅よりもむしろ、ボールゾーンまで落ちている事が重要な意味を持っている。

メジャーの打者には片手でフォローを取るタイプが多い。そして何度も書いて来た事だが、特にパンチャータイプのメカニクスと片手フォローは相性が悪い。スインガータイプで重心移動が大きい打者にはマッチしている部分も有るが、それでもポイントを間違えると危険な技術だ。

片手フォローのデメリットの一つが、低めにバットのヘッドを潜り込ませる事が難しくなる点にある。片手で振ると決め込んでいる打者は、振り出しから、ボトムハンドの手の甲が投手方向に向いた状態のまま振り切る感じのスイングが多いが、これだとヘッドがボールの低さまで潜り込めない。バーネットの動画で、マット・ケンプが片手フォローで2回空振りしているが、まさに典型的なシーンだ。ダルビッシュの動画でも、同じようなシーンが目につく。もちろん、ダルビッシュやバーネットのような球を投げられたら、どんな打者でも打ちにくいが、片手で振る打者は特に打ちにくい。ボールが、ばるでリンボーダンスのようにバットの下をすり抜けて行く。

下の動画はフィルダーが低めに落ちる球にヘッドを潜り込ませて上手くすくいあげたシーンだが、こうした、体の捕手側を落としてヘッドを潜り込ませるような打ち方は、両手で振り抜いた方がやりやすいのだ。

2011/09/27 Prince's third homer

メジャーの打者は落ちる球に弱いというような事がしばしば言われるが、こうした事も関係があるだろう。野茂が渡米した時点で、メジャーでは既に片手フォローが大流行していた。と言うより、フランク・トーマス、ホアン・ゴンザレス等の全盛期で、第一次ブームのまっただ中にあった。また、今年のWBCでも、キューバやオランダの打者が日本人投手の投げる落ちる球を、片手で振りに行って空振りするシーンを何度か見た。

そして、さらに面白いのがメジャー中継の解説で知った事だが、マリナーズのカイル・シーガーがダルビッシュキラーと言われていた事だ。この打者は、下の動画を見ても解るように、良くも悪くもアッパースイングの打者で、しかも両手で振り抜く。見るからに、先に挙げたフィルダーのような打ち方が出来そうなスイングだ。さらに左打者である事も、スライダーが入って来る球になるため、ダルビッシュに強い理由かもしれない。

2013/04/23 Seager's two-run homer

今、メジャーの先発右腕は、パンチャータイプが大多数を占めている。今期もクレイ・バックホルツ(パンチャータイプ)が早くも4勝、防御率0.90で、この二つのレースでは首位に立っている。もちろん、パンチャータイプの投手も、ダルビッシュやバーネットのような球は投げるが、それでもスインガーの方が投げやすい事は間違い無いだろう。実際、パンチャータイプの場合は、もう少し高速で鋭く動くが、動きの小さい球が多い。

自分のタイミングで投げられる投手の場合、打者ほどにパンチャーである事が有利とは言えない。牽制球や、クイックモーションはパンチャーの方が速いが、その他の点では共に一長一短が有る。

球速はどうだろう。確かに豪速球投手にはパンチャーが多い。しかし、藤川球児はスインガーだ。これは恐らく、速い球を投げようという願望の強い投手が、半ば無意識の内に、単純に思いっきり投げるパンチャータイプを選択しやすいからでは無いか。一方、スインガータイプの場合、力を抜けば抜くほど指先が走るとか、よく言えば「高度」だが「速い球を投げたければ、腕を"振って"はいけない」等と禅問答的で難解である事が多い。合気道のような伝統がある日本人には馴染みやすい世界かもしれないが。落合などは、正にそういう世界観を持った打者の典型例であったように思う。実際「投手のボールの勢いを利用して」等と言うのは決まってスインガータイプだし、これほど合気道的な発想は無い。それにしても、何故このようにウィンドウズとマックのような、或はペプシコーラとコカコーラのような二者択一が、人間の身体運動の中に存在するのか、謎は尽きない。

まぁ、いずれにしても、こうした多様性が野球を面白くしている事は間違い無いだろう。ラボでは目指す方向性をハッキリ打ち出しているが、見る分には多様性が有った方が面白い。

ダルビッシュとバーネットのようなスインガータイプの投手が、ああいうボールで三振を量産している。その事と、バッティングメカニクスの関係。野球は面白い。