2016年3月11日金曜日

ダルビッシュ投手フォーム分析 その7

この小ネタを最後にし、クライマックスである軸脚の動作に入りたいと思います。

「脚の挙げ方」についてのポイント

これはダルビッシュ投手の動作がどうと言うよりも、一般的な話です。前脚を挙げる動作について、ここでは以下の2点をテーマにします。

(1)骨盤を動かすか動かさないかの違い
(2)膝を畳むか畳まないかの違い

これらによってフォームが変わって来ます。

(1)骨盤を動かすか動かさないかの違い

写真のように脚を挙げる時に骨盤を動かすタイプと動かさないタイプがあります。写真は極端な例で、実際にはこれらの中間が多いです。
 
ダルビッシュ投手の場合も、中間的なタイプと言えるでしょう。
 結論から言うと、骨盤を動かすタイプは腸腰筋(大腰筋)を使い、動かさないタイプは大腿四頭筋(大腿直筋)を使います。腸腰筋を使った方が楽なのは前述の通りです。

ここで問題になるのが、脚を挙げる時に骨盤が後傾するとハムストリングスが緩んで、その力を使いにくくなるのではという懸念です。

しかし、基本的には脚を挙げる時に後傾した骨盤は、下ろす時に反動で前傾するので、問題にはなりません。肝心の軸脚の力を使うシーンで前傾していれば良いからです。


動画はその動きが解りやすい例です。骨盤に注目すると解りやすいのですが、骨盤がカクッと動いて脚を下ろして来た時に軸脚股関節がハマるような動きになっています。


ただ一つ注意が必要な点として、昔式の振りかぶり型フォームの場合は骨盤は後傾したまま戻ってきません。そのため、この種のフォームはハムストリングスが効きにくく、重心が過剰に下がるわけです。


余談ですが振りかぶり式の利点は腰を丸めてしまう事で(軽い捻りとの組み合わせで)写真のように腰をより大きく前に送り出せるので、重心移動が非常にスムーズに始まる点です。そのためこの投法はある意味「簡単」なのですが、デメリットもあると言う事です。今で言うと、楽天の則本とか西武の岸、それから亀梨君なんかはこの流れを汲むフォームです。そういえばイチローや新庄も登板した時はこのフォームでした。


では、脚を挙げる時に骨盤ごと挙げるためのコツですが、写真の左のように、大腿骨を前側から引っ張り上げるイメージだと、大腿四頭筋を使った「腿上げ」になりやすくなります。一方で写真の右のように、骨盤ごと背面から回すようなイメージで挙げると、大腿四頭筋が働きにくく、骨盤ごと動かす脚挙げになります。(写真は同一フォームで単なるイメージです)


大腿四頭筋はハムストリングスの拮抗筋で、この筋肉が効くと(地面を押すための主動筋である)ハムストリングスが使いにくくなるので、出来るだけ使いたくない筋肉です。骨盤を動かさずに腿上げのように前脚を挙げてしまうと、大腿四頭筋を強く使ってしまうので、その点では好ましく無いフォームです。

「ライアン投法」は最も、骨盤後傾〜前傾の動きを作りやすいのですが、「振りかぶり式」ではその効果は期待出来ません。ダルビッシュ投手のようなタイプの脚の挙げ方はその中間的な形だと言えるでしょう。骨盤の戻り方も両者の中間的です。簡単に言うと、4コマ目のところで腰が真っすぐになっていれば良いと言う事です。


膝を畳むか畳まないかの違い

これは言い換えると、脚を挙げる時に意識的に膝を曲げるか、曲げないかの違いです。 本来、下図のように、脚を挙げる時に前脚股関節を屈曲させると、ハムストリングスが引き伸ばされて、その伸張反射で自然に膝が曲がるので、脚を挙げる時に膝を意識して曲げる必要はありません。ですから、結論から言うと「畳まない」方が良いのです。

ただ「腿上げ式の脚挙げ」では、膝を曲げた方が、大腿四頭筋が伸ばされて、その力が使いやすくなるし、膝を曲げる事で脚を畳んだ方が大腿四頭筋の負担も小さいので、膝を畳むのが一般的です。なお、膝を畳む事で問題になるのは、腓腹筋(膝の屈曲筋)が働いて足関節が低屈(爪先が下に向く)ことです。

以下の写真は腿上げ的な前脚の挙上に伴って膝を畳んだ結果、腓腹筋が働いて爪先が下を向いている例です。



こうなると、着地は爪先からになるでしょう。

着地に関しては、あまり踵からというのも不自然ですが、踵から入ってフラットに着地、あるいはやや踵からぐらいが自然のはずです。(ベケット)

腿上げ式の真逆を行くのが「ライアン投法」です。この場合、膝は畳まなくて済む(大腿四頭筋を使わないので畳まなくても楽)ので、腓腹筋による膝屈曲を使いません。そのため、脚を挙げた所で爪先が上を向いています。これらのフォームではハムストリングスの伸張反射で膝が曲がっていると考えられます。


ハムストリングスの伸張反射で膝が曲がる事は写真のように前脚を振り子のようにブラーンと挙げてみると解るはずです。


ここで重要なポイントは「膝を意識的に曲げる(畳む)と、腓腹筋の働きで爪先が下がり、着地が爪先からになってしまう」と言う点です。後述しますが、爪先立ちになるとハムストリングスが使いにくいので、これはパワーロスに繋がると考えられます。
また、腓腹筋の意識的な収縮というのはつまり「緊張」を意味します。コレに対してハムストリングスの伸張反射は全く緊張を伴いません。スムーズな動作のためにも重要です。

上記の内容から以下の事が言えるわけです。




補足 ライアン投法について

ここまでに投手の脚挙げ動作のパターンとして「振りかぶり式」「回し込み式」「腿上げ式」「ライアン式」の4つを挙げましたが、これらはいずれも「傾向」で、多くの場合、複数タイプの要素を兼ね揃えています。
ただ、ライアン式は中でも特有の動作リズムで、他タイプからの切り替えが難しいものです。(馴染むまで一定の時間がかかる)またメジャーに多く見られるフォームなので、ダルビッシュさんにとっても気になる所かもしれませんので、ここで触れておきます。

私はこの投げ方を教えているのですが、この投法は身体の力を使うという上では理想的です。それは脚を大きく挙げる反動の為というよりむしろ「身体の動きに引っ掛かりが無く、スムーズに動ける」からと言えます。


しかし、このフォームにも他のフォーム同様、弱点があります。以下はその弱点です。

(1)バランスが崩れやすいので制球面でやや疑問が残る。
(2)セットからの脚挙げがやりにくい。(ワインドとクイックの組み合わせになる)
(3)他の脚挙げ動作と違い過ぎて切り替えが難しい。

コツとしては、下記のページに書いています。
http://bplosaka.blogspot.jp/2015/05/step6.html

なお、ライアン式でワインド•アップとクイックの組み合わせで投げているのがクレイ•バックホルツですね。最近はあまり見ていないので定かではありませんが。

この脚挙げでは、ワインドアップステップに伴う前脚のバックスイング効果を使うので、セットからでは難しいのです。

なお、このライアン投法には「フル•ライアン投法」と「セミ•ライアン投法」の二種類に分けられます。動画はその例です。


フル•ライアン投法が膝を畳まないのに対して、セミ•ライアン投法は膝を畳みます。そのぶんセットでもやりやすくなりますが、パワーは出にくくなります。おそらく、その他の脚挙げと同じくらいの出力になるでしょう。ペドロなどもセミ•ライアン的なフォームです。

なお、厳密に言うと、ライアン投法はMLBではスインガー全盛だった90年代の方が多くいます。なぜならパンチャーは静的な状態から瞬発力で投げたいのでメジャーの投手の脚挙げはコンパクトになって来ているからです。今はライアン投法でもほとんどがセミライアンです。

いずれにしても、ライアン脚挙げは、他の脚挙げ動作と動きのリズムが変わってくるので、ある意味、違う投げ方だと思っておいた方が良いと思います。今後の内容でも採り上げる事がありますが、それはダルビッシュさんが取り入れた方が良いと言う考えではなく、あくまでも参考例として挙げているに過ぎません。

その7 〜完