2016年3月9日水曜日

ダルビッシュ投手フォーム分析 その6

腕の角度について

以前ダルビッシュ投手がサイドスローで投げた事がありましたが、これなどはやはり「回し込み式」らしい応用の仕方だと言えます。


ただ、捻るフォームだから横から投げやすいだけだと話が膨らまないので、もう少し深い考察をしたいと思います。そもそも、サイドスローやオーバースローの違いは何に起因するのかという事についても書きます。この理屈が解れば、腕の角度を自在に操る事が可能になります。

「捻るから横手投げになる」というわけではありません。下の動画を見てください。


では何が腕の出所を決めるのかというと、それは下図のように体軸の角度の違いで決まります。この図の(b)はサイドスロー、(a)だと極端なオーバースローになります。そのままだともちろん、オーバースローです。捻りも関係しますが、あくまでも二次的な要素です。


ではなぜ、体軸の角度をそのままに踏み込むとオーバーハンドになるのかという事ですが、そのためにはある物理現象を知る必要があります。

下の写真のように車輪を持って回転させつつ腰を回すと車輪そのものが矢印の方向にグルッと回り両腕が捻られるのですが、これを「ジャイロ現象」と言います。(ジャイロボールとは無関係です)


動画はその実験です。


動画の二番目の実験ですが。。


この場合も原理は写真の実験と同じです。下図のように、トップから腰を水平面で回すと同時にバットを体幹の面と平行な面で回転させています。

そうするとジャイロ現象で「第三の回転」が発生して、バットの回転が垂直面から水平面に変化します。


では、ジャイロ現象の仕組みについて簡単に書きます。

空間位置上には3つの軸がありますが、上記の実験は「同じ物体上で二つの軸回りで回転が起きると、残りの軸回りの回転が自動的に起きる」という物理現象(ジャイロ現象、歳差運動)で、一般には回転するコマに力を加える例えで説明されています。

結論から言うと、ピッチングでは下図のようにジャイロ現象が起こります。

つまり、トップから腰の回転(水平面回転)と肩の外旋(垂直面回転)が同時に起きると、もう一つの垂直面回転が自動的に起こって肩が傾くのです。

この事は下の写真の実験で確認出来ます。まず「inverted-W」の形を作り、そこから身体を水平面で素早く回転させると同時に、両肩を素早く外旋します。そうすると身体が90度回った所で肩のラインが傾いているはずです。これがジャイロ現象です。





この物理現象の意味は「身体が回転する事によって失われる空間位置上での回転ベクトルを元の位置に保とうとする」というものです。スタート時の外旋のベクトルと肩のラインが傾くベクトルが同じになっている事に注目してください。言うなれば急発進する車の中で乗客がその場に残ろうとしてシートに押さえつけられる「慣性」と同じタイプの物理現象です。

この物理現象に加えて、重心移動が前脚の着地によってストップした後、その運動量で体幹が前屈する「ヌンチャク効果」もオーバースローの縦回転を生み出している原因です。

ですから下の写真の前田健太のように、脊柱軸を立てたまま踏み込んで行って投げると、物理現象によって自然にオーバーハンドになるということです。


つまり、そのまま踏み込んで行くと自然にオーバースローになる。ゆえに、オーバースローが基本である。。と言うわけです。

一方、写真のように体軸を傾けて踏み込んで行くと、サイドハンドになります。この場合、ジャイロ現象が働いて、やっと肩のラインが水平になるからです。


そこで「回し込み式の脚挙げ」についてですが。。

回し込み式は「捻る事で後ろ腰を打者方向に送り込み、重心移動を開始させる」というメカニズムです。そこで腰が先に前に出る時、バランスを取るために頭の位置は元の場所に残り、ここで体幹が前屈してヒップファーストの形が出来ます。ただ、捻りながらヒップファーストを作るので、その捻りが戻った時は写真の下段のようにサイドスローの体軸の角度が出来上がるのです。
 

下の写真などは上記のメカニズムを良く表しています。


このような理由でダルビッシュ投手の場合、純粋なオーバーハンドと比べると腕の位置がやや低いフォームになり、またサイドハンドへの応用が効きやすいということです。最初の動画でサイドスローで投げる時に捻りを大きくするのでは無く、体軸の前傾を深くしているあたりは流石だと言えます。

ここで面白いのは、回し込み式の場合、回し込み運動を大きくすればするほど、腕の出所が低くなって行くと言う事です。

回し込みが大きくなる→捻りが大きくなる→後ろ腰の前方送り出しが大きくなる→ヒップファーストの角度が大きくなる→体軸の前傾が深くなる→腕の出所が低くなる。いう理屈です。

回し込み式の前脚挙上はよく見ると、相当数の投手が採用している動きです。そして、その動きの大きさによって腕の高さが変わって来ます。以下の動画はその実例です。


もし、これを実戦で使い分ける事が出来れば、オーバーハンドから縦に大きく割れるカーブを使い、サイドハンドからセルジオ•ロモみたいなスライダーを投げる事も可能になると思います。もちろん、身体への負担という面では一定のリスクがある方法ですが。。投げる前から打者に解るとしても考える要素が増えるだけで打者は嫌なものです。

上記はやや漫画チックだとしても、回し込み運動の加減で腕の高さが変わって来る知識があると、調整がしやすい面はあると思います。

補足:まめ知識
スインガーの場合、回転する身体に対してボールを後方に残して最後にヌンチャク効果で腕を走らせる投げ方なので、投球腕の外旋運動が大きく、ジャイロ効果で肩が傾きやすいので、オーバーハンドが基本になります。
一方、パンチャーの場合、そういうメカニズムではないので、基本のフォームはスリークォーター気味です。キンブレル等がその典型です。また、セルジオ•ロモが大して身体を傾けないのに、腕の出所がだいぶ低いのはパンチャーだからです。日本だと元オリックスの野田浩二などがこのパターンです。スインガーがバーランダーの脊柱の角度で踏み込んで行ったらもっと真上から投げ下ろすオーバースローになります。

動画は全てパンチャーです。体軸の傾きと腕の高さの関係がスインガーと違うことがわかります。


その6 完