2016年3月21日月曜日

ダルビッシュ投手フォーム分析 その14

ところで、なぜダルビッシュ投手にとってこの問題が大きなテーマになるのかというと、それは個人的な問題というよりも、回し込み式の脚挙げ動作そのものが抱えている問題であるからです。脚の挙げ方によってハムストリングスの使いやすさに差があるという事です。以下に例を挙げます。

1)もも挙げ型
 もも挙げ型は脚を挙げる時に骨盤がほとんど後傾しないので、ハムストリングスは比較的使いやすくなります。ですからもも挙げ型の投手はフォローでの軸脚の蹴り上げが強い打者が多いのです。


2)ライアン型
 ライアン型では脚を挙げる時に後傾した骨盤が下ろす時に前傾に戻るので、ハムストリングスが非常に使いやすくなります。最もハムストリングスの力が使えるタイプです。


3)振りかぶり型
振りかぶり型の動作では脚を挙げる時に腰が丸まり、骨盤が後傾しやすいのですが、この場合の骨盤後傾はライアン型の場合と違って脚を下ろす時に前傾に戻ってくれないので、ハムストリングスは使いにくくなります。


4)回し込み型
回し込み型の場合、振りかぶり型ほどは腰は丸まりませんが、捻りを作って腰を前方に送り出しながら頭を後方に残す時に写真のようにやや骨盤が後傾気味になります。この場合の骨盤後傾も、ライアン型と違って前傾に戻りにくい傾向があります。


つまり、どの脚挙げにも一長一短があるのですが、回し込み型の場合は流れるようなスムーズなフォームになる反面、ハムストリングスを使いにくい動作形態であると言う事です。ですからこのテーマが非常に重要になるわけです。各投法の長所短所は以下の通りです。

1)もも挙げ型:ハムストリングスは比較的使えるが、動きがギクシャクする。
2)振りかぶり型:動きがスムーズだが、ハムストリングスは使いにくい。
3)ライアン型:動きもスムーズでハムも使えるが、不安定でセットには不向き。
4)回し込み型:動きがスムーズだが、ハムストリングスは使いにくい。

ですから、ダルビッシュ投手のように回し込み式の脚挙げ動作を採用している投手にとっては、骨盤前傾とか、腸腰筋とか、ハムストリングスといったあたりの事が非常に重要になってくるわけです。そして改善策は以下の二通りです。

1)動作中の技術、コツなどに改善する
2)トレーニングによって改善する


それでは実践編に入ります。

〜ハム立ちと股関節スクワットをマスターするメソッド〜

まず、ピッチングで股関節スクワットを実現するためには、構えや動作の初期段階における立ち方が重要になります。それが出来たうえで、グラブを身体から離しすぎないなどのポイントを抑えれば、自然に股関節スクワットが出来るはずです。

STEP1 アスレチックポジション 
腰を反って腸腰筋をストレッチした後、股関節で身体を折って、アスレチックポジションを作ります。このとき「アゴを引く」「胸椎後弯の凸アーチを高い位置に保つ」「膝を緩める」「頸骨直下に荷重する」などを意識します。非常に重要な事ですが、骨盤の前傾それ自体は意識しません。意識すると脊柱起立筋などの働きで脊柱が全体的に反ってしまうからです。
  
STEP2 体重移動と連動した踵トントン足踏み
アスレチックポジションを作ったら動画のように両脚の間で体重移動を繰り返し、それと連動して踵を上げ下げさせます。  踵、頸骨でトントンと地面をノックします。


この時、踵で地面をノックした衝撃が骨を伝わって骨盤まで響く感じが重要で、それが出来ていると言う事はハムストリングスで立てていると言う事です。

STEP3 マシンガンタップ
STEP2の足踏みの状態から、動画のように素早く踵で足踏みしてみましょう。この時、手は身体の近くにおきます。そうすると踵側に加重してハムストリングスが使いやすくなるからです。この運動をするとハムストリングスが疲労するはずで、そうなればハムストリングスを使えているという事です。事前に腰を反ってアスレチックポジションを作ってから行う事が重要です。


STEP4 揺らぎ8の字体操
体重を受け止めた股関節は屈曲しますが、屈曲=割れなので、つまり体重を受け止めた股関節は少し外旋します。STEP2の動きに、股関節の円運動の要素を加えた体操です。より股関節を上手く使えるようになるための体操です。


両手で8の字を描きながら、股関節の円運動を誘導してやることがポイントです。もちろん、踵でトントンする事が非常に重要です。これは打者が打席でやる「揺らぎ」の時と同じ身体の使い方です。


打席の図で表すと、股関節と手で下図のように8の字を描くわけです。
 
STEP5 リズムタッピング
より強くハムストリングスを効かせる感覚を掴む体操です。腰を反ってアスレチックポジションを作ったら、動画のように踵でトントンとリズムを取ります。踵が着地した時、股関節伸展で押し込むのがコツで、ハムストリングスによる股関節伸展で地面を押さえる感じが掴みやすいでしょう。動画よりリズムが遅い方が感じが出やすいでしょう。このジェームズ•ブラウンの踵でトントンする感じこそがハムストリングスを使っている感覚で、そこに黒人プレーヤーの強みがあるわけです。

(実演動画準備中) 

ここまででハムストリングスで立つ感じがだいたい掴めたのでは無いかと思います。次は、股関節スクワットの感覚です。高重心と低重心の両極端でハムストリングスを効かせる感覚を掴めば、その間も自然に掴めるという考えです。


STEP6 踵足踏みスクワット 
動画のように、踵でトントンしながら重心を下げて行く体操です。事前に腰を反って腸腰筋をストレッチしたあと股関節で身体を折りアスレチックポジションを作ってから、踵で地面を強くノックする事を意識して行ってください。


感覚的には図のように、下腿部が杭だとしたら体重でそれを地面に打ちつけながら沈んで行く感じです。股関節伸展の力は頸骨から地面に伝わるので、このポジションを保てば、ハムストリングスの効いたスクワットの形が出来るというわけです。動画を見ると股関節スクワットの形になっている事が解ると思います。

手を身体に近くに置いて踵(頸骨の真下)に加重しやすくする事、アゴを引いて胸椎を後弯させ、脊柱のS字を作ること、頸骨を立てた状態に保ち、膝が前に出ないようにする事等がポイントになります。また、このスクワットでは股関節が割れます。ゆらぎ8の字体操のところで書きましたが、股関節の屈曲=割れだからです。


上記の6STEPメソッドを繰り返す事で、ハムストリングスの効いた時の感覚を身体に覚え込ませる事が出来るはずです。その感覚と膝スクワットで大腿四頭筋が効いた感覚を比較すると違いは一目瞭然でしょう。

ではこのテーマの最後に、こうしたハムストリングス立ちの感覚を投球動作に活かすためのコツについて書きます。

軸脚のハムストリングスを投球動作で使うためのコツ

まず前提として、ワインドアップ(振りかぶらない)の脚の運びをワインドアップステップという事にします。このワインドアップステップを上手く使うと、ハムストリングスを効かせやすくなります。

まず結論から言うとMLBとりわけ南米系の選手はワインドアップ時のステップが上手いです。上手いというのはハムストリングスを使うという観点でです。まずは動画を見てください。南米式のステップです。最後の2人は私がその動きを教えた例です。このステップが膝スクワットを防ぎ、ハムストリングスが効く股関節スクワットを実現するために非常に重要になります。


次に日本式の典型的な例として田中将大投手を挙げます。


何が違うのかというと、南米式は前脚を後ろに引いた時に軸脚の膝を緩めている点です。写真の(3)の時点です。日本式が前足を後ろに引く時に身体全体を後ろに引いてしまうのに対して南米式では頭を軸足の上に残すイメージで前足を引きます。こうする事で写真の(3)のように後ろ脚に対してやや前傾軸が出来ます。
 
なぜ、このステップによって軸脚の膝が緩むかというと、下図のように軸脚に対して前傾軸が出来る(骨盤が前傾する)事で、ハムストリングスが引き伸ばされて、その伸張反射で収縮する時に膝が曲がるからです。ハムストリングスの伸張反射で膝が緩むのは膝カックンと同じです。

膝カックンというのは脚気の検査(図の右端)のハムストリングス版です。脚気の検査は大腿四頭筋の伸張反射です。つまり、前足を引いた時に軸脚の膝をカクッと緩めるというのがコツなのです。日本式のステップだと、後ろ脚に対して前傾軸が出来ないから後ろ脚の膝カックンが起きてくれないのです。

ここで軸脚の膝がカックンする事により、下図のように「股関節伸展で地面を押す形」が出来上がるので、ハムストリングスで立ちやすくなるわけです。しかもハムストリングスの伸張反射で膝が緩んでいるわけですから、なおさらハムストリングスが効きやすい状態になっています。


この南米式というかメジャー式ステップのポイントは2つあります。

(1)2回足踏みする。
日本式ではプレートに軸足をセットする時の一回しか足踏みしませんが、メジャー式では軸脚の膝をカクッと緩める時にも足踏みするので、合計2回足踏みしますここでポイントは構えから脚挙げまでの約90度のターンを2度に分けて行う事です。これによって脚を挙げる時の捻りが小さくて済みます。

ただ、ペドロの場合はプレートに足をかけ気味なので、軸脚の膝が内に入り、折れやすいという問題があります。


(2)手の動き
下の写真(斉藤佑樹)のように、構えた時には手の位置が低い方が楽で上半身の力が抜けるぶん、地に足が着く感じがします。しかし、脚を挙げて重心移動が始まる時には写真の3コマ目のように手を肘より挙げておいた方が良い事は前述しましたとおりです。この1コマ目と3コマ目の腕のポジションそれ自体はほとんど理想的です。

ただ、この写真の問題は、手を上げる動きをこのように投球動作の導入部でやってしまうと腕から投球動作が始まるので腕主導のフォームになり、下半身体幹部の力をロスしやすくなる点です。脚を挙げ始めるまでには手は既に挙げておきたいのです。

この点にメジャー式ステップのメリットがあります。(動画の例ではあまり見られませんが)図のように前脚を引いて上半身が軽く前傾するのに連動して両肘が身体から離れて手が挙がる』という事です。この動作では体幹部との連動で手を挙げられるので、腕力で挙げてる感じにはなりませんし、これにより前脚を挙げる始める前に腕を挙げておく事が可能になります。


以上がメジャー式ワインドアップステップですが、これにより軸脚のハムストリングス立ちの状態が作りやすくなります。その結果、股関節スクワットが実現しやすくなります。

ただ、ここまでの動画例などは多くがメジャー式の脚挙げなので、ここで「メジャー式ステップに(ダルビッシュ投手の)回し込み式脚挙げを組み合わせた動作」を実演してみます。捻り動作がコンパクトになる利点が有ると思います。解りやすくするためにステップの動きを大きめに強調しています。実際には軸脚でトンする動きを強くしてしまうと悪い意味で軸脚が曲がらなくなってしまうので、おとなしめにする事がコツです。

「頭を軸足上に残し気味にしながら前足を引く」「前脚を引く時に軸脚の膝を緩める」「2回足踏みする」「2回に分けてターンする」「前脚を引く時に手を挙げる」などの要素が盛り込まれています。

〜その14 完 〜