巷には多くの野球理論書があふれている。その事自体は元プロの書いた入門書しか無かった昔に比べると恵まれていると言えるだろう。ただ、多くの指導者や選手は解剖学等の専門家では無いので、これら理論に対する評価を下す事が難しいのではないだろうか。実際、私の目から見ると開いた口が塞がらないほど程度の低いものが評価されていたりする事が多いが、これは指導者や選手にとって良い状況とは言えない。そこで、ここではそうした数多くの野球理論について、評論していきたい。辛口では有るが、私情を排して認めるところは認めていきたいと思う。
★科学する野球 村上豊
日本における「
科学的な」野球理論の第一人者である。相手が王や長嶋だろうと容赦なくコキ下ろす姿勢は素晴らしい。理論的には一つの打ち方の根本を捉えている。しかし、 基礎理論を実践に移す段階でいろいろと間違いをおかしているため、この著者の言う事を全て聞いて打とうとすると、まずトップレベルでは結果を残せないだろう。しかしながら基礎理論そのものは質が高いため学ぶ価値は有る。
★手塚一志
バッティングの正体、ピッチングの正体、ジャイロボールまでは良かったが、これらはあくまでも「基礎理論」であり、ノウハウにまでは結びついていない。理論を実践に結びつけるという段階では、充分な成果が残せたとは言い難い。この人に全てを任せて打撃、投球動作を作っても、高校野球ですら目立つ事は難しいだろう。打撃理論でも投球理論でも致命的な間違いがいくつか有る。
★立花龍司
この業界のパイオニアの一人で、その意味での功績においては評価できるが、残念ながら悲しいほど才能が無い。この人の打撃、投球に対する動作理論とトレーニング理論は「
プロ野球投手の共通フォーム&習得法」の打撃編と投球編でそれぞれ知る事が出来る。この本では、良いとされるフォームを作る為のトレーニングが氏によって紹介されているが、これがまたあきれ果てて物が言えないくらい程度が低い。断言するが、あのようなトレーニングをしたからと言って望むフォームが手に入るほど生易しいものでは無い。適当にもほどが有る。肩のインナーマッスルをアメリカ球界から導入したために理論家のようなイメージがついているが、実質的には平凡な一トレーナーに過ぎない。
★初動負荷理論 小山裕史
トレーニング法や生理学には深い知識を持ち、その点では私には到底太刀打ちできないものが有る。実際、実践している選手はケガ無く高齢までプレーしている。(イチロー、山本昌、三浦カズなど)
しかし、野球に関しては所詮門外漢である。関わった選手を見ても、ほとんど有益なフォーム改造は出来ていない。今期は内川のフォーム改造に関与したらしいが、さりげなさ過ぎてどこが変わったのかも解らないし、内川の成績自体の変化も微妙だ。有名な画家が描くと鼻クソをほじりながらキャンバスに線を一本引いただけでも見る側が勝手に想像して名作に仕立て上げられてしまう。氏の存在もその域に達しつつあるのでは無いか。読めども読めども理解できない氏の難解な日本語を読んでいるとそういう気がする。
★4スタンス理論 廣戸聡一
著者の言うAタイプとBタイプが存在する事は間違いないだろう。それは私自信も指導の中で確認して来たし、役立ててもいる。これに気がつき、定義化した事については評価できる。しかし、打撃においては典型的なAタイプのフォームもBタイプのフォームも一言で言えば「極端な前軸タイプと後ろ脚軸タイプの悪い例」に過ぎない。したがって、実際の指導の中では双方の特徴を中和する事が一つの大きなテーマとなるのが実際である。
人間の動きの特性を4つのタイプに分けた所までは良かったのだが、その延長で野球の技術理論を論じる事が出来る程、簡単なものでは無い。野球動作に対する見識が浅すぎるので、野球の技術論としては使えないというのが私の感想である。だいいち、本を見れば解るが、技術を説明するモデルのポージングに野球技術に対する感性やセンスがみじんも感じられない。私がプレーヤーであれば、ああいった写真を見た時点で実践する気にはならないだろう。(実際にスイングしたフォームが良く無いのならまだしも、静止状態で作ったポーズが悪いのでは言い訳は出来ない。)
また、理論に対する「何故?」の説明がほとんど無いのが残念である。例えば正しい立ち方として「骨盤と肩甲骨を垂直に立てて土踏まずで地面を踏む」と有るが、何故それが正しいのかの説明も全く無い。実際、その正しい立ち方に対する見識も何か勘違いしてるとしか思えないような見識の浅さである。
「何故」に対する答えを用意していないものは理論では無いので、これでは「1トレーナーの経験論」に過ぎないと言えるだろう。ただ「経験論」故に有用である部分は有るのだが。こういう経験論を積極的に発表していく事自体は有意義である。しかしながら野球動作に対する見識が浅いので、野球理論としては程度が低いというのが私の評価だ。例えるならフランス料理を2,3度しか食べた事が無い状態でフランス料理店を出しているような状態で、そういう人間が作った物は数多くの店で食べ歩いて来た舌の肥えた立場から言わせてもらうと、お粗末としか言いようが無い。
★二軸理論系
数年前にブームとなった理論で「タメない、捻らない、うねらない」「なんば走法」など、数々のキーワードを提唱し、多くの書籍も発表されている。野球では
「野球選手ならしっておきたい体のこと」が、代表作だろう。著者は二軸理論に賛同するトレーナーや大学教授のグループ等のようだ。
結論から言うと、野球理論としては残念ながら論ずるに値しない。前掲の野球書は代表的な著者である小田伸午(東大教授)と小山田良治(鍼灸院経営)はともに野球の門外漢であり、そこに和田毅(元ホークス投手)のトレーナーとして有名になった野球トレーナーの土橋恵秀を迎えて書かれたようだ。
また二軸理論は「なんば」との関連で同時期にブームになった古武術系理論ともコラボレーションしている事が多い。古武術の分野に口を出す気は無いが、なんば走法を採りいれたアスリート等はその後どうなったのか?
また、前掲の書では打撃動作の解説で「のせ」と「はこび」という用語を使っているが、これは手塚一志の「乗せ」と「運び」と同じである。ただ重複を避けようとしてひらがな表記にしているのだが、これは頂けない。同じ表記にして、素直に参考文献に手塚本を記載しておくべきである。
★前田健
最近にわかに注目されている理論家であるのだが、投球、打撃理論ともに程度は低い。どこの書店に行っても
ピッチングメカニズムブックや
バッティングメカニズムブックが置いてあるしamazonの評価も異常に高いので、私も投打ともに資料として仕方なく1冊ずつ購入している。
正直、理論的には開いた口が塞がらないほどレベルが低いので評論する気にはなれない。むしろ気になるのは「何がこの著者の理論に信憑性を持たせているのか」という事である。「阪神タイガースのトレーニングコーチという経歴」「大都市圏に複数のジムを構えているという環境、資金力」「大手出版社に記事や広告などが大々的に掲載されている事」などが挙げられる。この理論に傾倒してしまう人は、そうした「体裁」に惑わされやすい人であると言えるだろう。
ピッチングにおいても致命的な間違いが有る。例えば氏が鉄則として挙げている「着地と同時にトップを作れ」だが、これはむしろ 「絶対にしてはいけない投球指導」の一つである。さらに飽きれるのが「トップさえ作れれば、そこに至る過程は問われない」という考えである。初めて読んだ時は目を疑ったが、信じられない見識の低さである。これほどまでに程度の低い解説を平気で出来てしまう人間に投手を教える資格は無い。打撃に関しては敢えて私が批判するまでも無いだろう。
断言しておくが、この著者の理論を全て実践してプロ野球選手になる選手は今後、まず出てこないであろう。
★タイツ先生
前田健を採り上げた以上、レベル的に伯仲しているタイツ先生も採り上げる必要が有るだろう。タイツ先生と前田健の差は「自分の考えを筋道立てて説明する能力の有無」であり、実質的な内容としてはむしろタイツ先生にホンの少しだけ軍配が挙る。理論的にはやはりレベルは低いが、極稀に使えるストレッチの動きを紹介してくれるからだ。
単なる一実践者から見れば、この人の言説はそれなりに説得力を持って聞こえるのだろうか?しかし、その世界を良く知っている人間の立場で言わせてもらうと「どこかで聞きかじった話を引っ付け合わせて使っているコラージュ感」が半端では無い。また、技術に対する解説も「行き当たりばったり感」が半端では無い。例えば、動物の生態を研究する学者は、自らの観察記録を基に、何らかの説を打ち立てようとするものだ。それで初めて「理論」と言えるのだが、タイツ先生の話は「アリが何時に巣を出て、何匹で何時に戻って来た」というような話を延々続けているに過ぎない。これでは風景画を写生しているようなものなので、技術論になっていない。「見たまんま」を言っているだけなのだ。
★筑波大学系
日本で唯一、大学に野球を専攻する研究室が有るらしい。
つくば野球研究会というそうで、数多くの研究者が在籍し、書籍などに理論を発表したりしている。それを個人的には「筑波大学系」と読んでいるのだが。。何度か関連するものを読んだ事が有るが、その内容は「お粗末」の一言につきる。あまりにも寒々しい内容のものばかりで、真面目に論じる気にすらならない。結局、いくら資金があろうが、肩書きがあろうが、最先端の機器を使おうが、センスが無い人間にはプレーヤーにとって有意義な技術論を構築するのは不可能である。あまりにも才能が無さ過ぎる。
今後は何か理論を打ち立てようとするのでは無く、その恵まれた機材を使用して地道にスイングスピードや筋力値などのデータを採取する事に専心した方が良いだろう。関連参考書籍としては
「バッティングの科学」 「プロ野球打者の共通フォーム&習得法」等が挙げられる。いずれも中高生の夏休みの自由研究レベルの内容 だ。
★宮川理論
ネット上では賑わいを見せている打撃理論ではある。ただ、理論と言うよりも個人的に編み出した打法のノウハウを紹介しているに過ぎず、動作に対する論理的考察はほとんど無いので理論にはなっていない。それでも、その打法が正しければ問題は無いのだが、ネット上にアップされている動画を見る限り、バッティングセンターの100キロ程度の球を気持ちよく打ち返して遊ぶ程度が関の山の幼稚なものである。
しかし、この業界にありがちな「上から叩けの古い指導を批判して父親コーチの気を引く」という手法を非常に強調して採っているため、傾倒して我が子の打撃を壊してしまう父親が増えないように注意を促しておきたい。言うまでもないが、この理論を追求してプロの打者になる事は「ハッキリと」不可能である。ただ、少しかじった程度の打者が活躍する事はあり得る。少しやったくらいでは毒が回りにくいのがこの理論の特徴であるためだ。理由を詳しく書くスペースは無いが、やればやるほど打てなくなっていく理論であり、この理論を真剣に追求すればするほど実践者の打撃はズタボロに壊れて行くだろう。
全部ホームランを狙えという聞き分けの無い駄々っ子のような持論を展開しているが、この打ち方では体の力が全て伝わらないので、肝心の飛距離も出ないようになって行くだろう。
★縦振り先生
理論的にはあり得ないほどレベルが低い。手塚一志氏の下で働いていたそうだが、こんな程度の低い後輩をこの業界に輩出してしまったと言う点で手塚氏の責任は問われるべきだろう。理論的な記述が少ないので全容は明らかではないが、アップされている動画を見てもビックリするくらい酷い。この理論をもって営業活動が出来るのであれば、どんな営業の仕事でも出来そうである。その点については認める。
★AXIS-LAB (http://www.axis-lab.jp)
Youtubeに動画が投稿されているのを見た人も多いだろう。主にネットを中心に活動しているようだ。理論的にはタイツ先生と近いものが有る。つまり「脱力して身体を柔らかく使え」「道具に働く物理的な力を利用しろ」というありがちな理論である。どこかで聞いたような話が多いという点もタイツ先生と似ている。また、その理論上、高岡英夫や古武術系、二軸理論系の理論とも親和性が高い。要するにそういった物を全て掛け合わせて作られた感じが漂っている。
この理論が「センスアップ」を標榜している所に、日本の野球選手や指導者がイメージする「センス」というものの問題が浮き彫りになっている。つまり彼 等にとってセンスという言葉は「 身体をしなやかに使う」というイメージとしか結びつかない。こういう人にとってオリックス時代のイチローはまさに神的な存在だろう。しかし、そこが日本人選手の限界であり、私はそれとは違う種類の「センス」を教えるのに苦労する事が多い。
それにしても、この人の作るものには野球の匂いが全く感じられない。あんな色白の痩せた青年がバットを持って喋っているだけの動画を見せられて、納得する人がいるのだろうか? 語尾がはっきりしない喋り方や「w」が多いのも気になる。この理論に欠けているものを漢字2つで表すと、それは「野球」という二文字になる。そこの所を考え直して、もう少し見ている人間が「野球」を感じるものを作った方が良いだろう。
★馬見塚尚孝
「野球医学の教科書」 「高校球児なら知っておきたい野球医学」という二冊の本が出版されている。この著者は整形外科医であるから、その点に対する知識は確かなものだろう。もちろん投球腕障害に対しても詳しい。
しかし、野球技術論になると、これがまた本当にどうしようもない。主に投球動作の技術論を展開しているが、そのレベルはここで紹介している理論家の中でも1、2を争う低さであり、担ぎ投げやアーム式のようなフォームを勧めたり、投手が平地で投げる「立ち投げ」を否定したりと言った酷いものである。まさに驚天動地の才能の無さである。
どういうバックグラウンドの人間なのかと思ってみて見ると、どうやら筑波野球研究会の幹事であり、前田健の理論を参考にしているらしい(同じ技術用語を使っている事からも解る)。この2つがコラボしてしまったのだから、この低レベルもいたしかたの無いところだろう。
しかしながら整形外科的な知識の勉強になるので上記の本は全く役に立たないと言う訳ではない。むしろ、その辺の知識を易しい表現で解説している本の一つであると言えるだろう。しかしながらもしこの指導者が我が子のチームに指導に来たのであれば「お願いですから私の息子だけは教えないでください」と懇切丁寧に心を込めてお願いするのが親の役割というものであろう。この本の技術論を真に受けても絶対にピッチングは上達しないと120パーセントの自信を込めて言い切る事が出来る。
この人を採り上げたのは、この種の専門家が抱える問題を如実に表しているからである。つまり、整形外科医やトレーナーの有資格者が技術を語っていると言うパターンである。こういうケースでは、その人が専門とする分野の知識については正しいが、野球の技術論となると全くのデタラメであるというケースが多い。若い選手や野球経験の無い親父コーチ達は、特に注意したいケースだ。
★野球新理論「捻りモデル」 猪膝武之
理系の会社員によって書かれた異色作である。野球経験は定かでは無いが、全く無いという事もないようだ。従来の打撃理論を「回転モデル」だと定義し、それに対する新説として「捻りモデル」という自説を主張している。一つの研究結果をまとめたという意味では有意義だが、実践的な指導書では無い。
この本で良く無いのは「話の進め方」だ。この著者が言うような「回転モデル」の打撃など、日本の野球では教えられていないし、そうした違いが日米の差に繋がっていると言う事も無い。かつて手塚一志が「ダブルスピン」と言う理論を発表したときに対立する概念として「二重振り子」という用語を持ち出したが、それと同じ手法を使っている。(コッチの方はそんなに的外れでは無い)
科学する野球を参考文献に挙げており、それと似た論調で、なんやかんやと日本球界の打撃指導を批判しているが、それを言うだけの力量はとてもでは無いが、この著者には無い。そういう話をする前に、まず自身の理論をもう少し深める努力をした方が良いだろう。
確かに理系の学会では、この著者の言うように「回転モデル」が定説になっているのかもしれない。しかし、それと野球指導の現場は全く関係が無い。つまり勝手に「日本球界ではこういう指導がされている」と決めつけて、勝手に「だから日本球界の指導は駄目だ」と言っているわけだ。根も歯も無い噂を立てられて非難されるようなものであり
「日本球界」にとっては全く迷惑な話である。
この本を出したところまでは良かっただろう。ただ、とてもでは無いが才能と力量が有るとは思えない。悪い事は言わないから本業に専念した方が良い。
★浜田典宏 これでエースを目指せ!厳選36冬トレメニュー
1990年代にエンゼルスと契約してマイナーリーグでプレーした投手が、その後解剖学などを学びトレーナーとして活躍している。NPB経験は無いらしい。
経歴はさておき、その著書の内容だがタイトルの付け方に大きな疑問が残る。というのも看板としている「36種のメニュー」は非常に程度が低く、投球技術の向上にはまず結びつかないというものばかりだが、その反面、後半部分の投手としての実践的なノウハウを紹介している部分は「1プレーヤーの実体験に根ざした経験論」として興味深い。
一方、投球動作の理論については、ほとんど理論的な説明が無く、氏が雑誌などに書いている記事を読んでも、大した事は書いていない。
要するに、こういう事だ。この人はまず第一に「マイナーリーグでプレーした投手である」そして第二に「トレーニング知識を勉強中のごく平凡なトレーナーである」と言う事だ。どちらもいくらでもいる人材だが、この2つが咬み合わさると、そこに大きなネームバリューが生じる。しかし、投手のためのトレーニングメニューを36個挙げろと言われて、こんな使い物にならない低レベルなものを平気で紹介できてしまうようでは少なくとも技術指導の才能は無い。36種のメニューについては、総合的には「普通にダッシュだけした方がマシ」という程度のものだ。
★安藤秀 野球に革命を起こすバッティング理論
主にゴルフの理論家であり、その延長で野球理論を書いているらしい。とは言え、立教大学の野球部でプレーした経歴はあるようだ。
ゴルフの方はどうなのかは知らないが、打撃理論としては全く酷いものである。内容をかいつまんで説明する気にもならないが、その辺の草野球選手がyoutubeの動画で5分くらいで説明しているようなくらいの話だ。あるいは、その辺の学生が思いつきで1ヶ月くらいだけ書いてほったらかしてあるような野球理論ブログに書いてあるようなレベルの話だ。
ちょっとビックリしてしまうような程度の低さである。そこで経歴を見てみると「筑波大学でスポーツ運動学を研究し、博士号を取得」と書いてある。「筑波大学系」というのは、これからもこの業界の最下層を独走し続けるのか。まずは少なくともタイツ先生や石川繁之くらいのレベルには達してほしい。