2013年3月20日水曜日

WBC総括


3- 0でドミニカがプエルトリコを破り、8戦全勝で優勝した。MLBレベルのムービングボーラーをずらりと揃えて格下の相手打線を封じた結果の優勝だろう。

今大会で特筆されるべきは、ムービング•ファストボールの威力だ。決勝でもドミニカは、デデューノドテルストロップカシーヤロドニーと注目所で繋いで来た。特に左打者のインコースボールゾーンからストライクゾーンの低めに切れ込んで来るエグいムービングボールが数球あったが、あれは打てないだろう。

何のスポーツでも同じだが、トップクラスの技術は時間が経つと裾野まで拡がって行く。ムービング•ファストボールも同じように日本球界でも一般的になって来るだろう。そうなった時に要求されるのは、どういうバッティングか。この事も本大会が示した大きなテーマだ。

結論から言うと、これからの野球はこういう球を投げる投手と、こういうスイングをする打者の戦いになって行くだろう。

もちろん、許容範囲の広いのが野球と言う競技の良さなので、2割1分40本塁打の巨漢DHとか、ナックルボーラー、小技や走塁、守備などに特化された選手も存在し続けるだろう。カーブとストレートで勝負するバリー•ジトのような左腕も消えるとは思えない。しかし、大筋においては制球の安定したムービング•ファストボーラーと、鋭いスイングでそれを打ち返し、芯を外してでも内野の頭を超す「強く叩く」スタイルの打者が成功する時代になって来るだろう。

また、決勝戦では、ドミニカのMLBトップレベルのスラッガーを集めた打線でも、格下のプエルトリコ投手陣から3点しか取れなかった。ドミニカの打者は明らかに一発狙いの雑なスイングをしていたからだろう。もちろん、スイングメカニクスそのものは良かった。しかし、その優れたスイングメカニクスを武器として打席に入った時、どういう心持ちでバッティングをするかと言うだけで、結果は違って来るはずだ。

ムービング•ファストボールは、速球を微妙に変化させて、バットの芯を外す所に真骨頂が有る。このため、打者としてはそれを打ち返すためには、強くボールを叩いて、芯を外してでも内野の頭を超してヒットにすると言う姿勢が重要になる。つまり「強く打つ」と言う事が重要になってくる。

ドミニカのムービングボーラーを見ると解るが、レベルの高いムービングボールは右に打つとか左に打つとか言う事が狙って出来るような次元の球では無い。ましてや一発を狙った雑なスイングでは正確に捉える事さえ難しい。

日本球界では、こうしたムービングファストボールに対する対応が遅れてしまった。これが今回の敗因だろう。MLBでは既に多くの打者が「強く打つ(ハードコンタクト)事を最も重視している。それで芯に当たればホームランも出る」と言う意味の事を言っているのだが、何故そういう表現になるのかと言うことを日本の打者は理解していなかったのでは無いか。

ムービングファストボールで芯を外されるから強く打つ事が必要になるのであって、また正確に捉える事が難しい球だからこそ、打球の行方(右か左か、オーバーフェンスか)よりも、バットとボールが衝突する現場に最も神経を集中させる必要が有るのだ。そうした意味が「ハードコンタクト」と言う言葉に込められている。

一方、日本ではタイミングを合わせて、相手のボールの勢いを利用して、バットにボールを乗せて運ぼうと言う合気道的な考えが根強い。そのため、技術論的にもタイトでストロングなスイングよりも、スムーズでフレキシブルなスイングの方が好まれる傾向にある。しかし、この考えでは芯で捉えた場合はヒットになるが、スイングが弱いので、芯を外すと凡打になりやすい。

それ意外にも、ボールの下ッ面を叩いてバックスピンをかけるとか、もっと酷い話になるとフックをかけるとかフェードをかけるとか言う理論も出て来る。こういった技術論は、素直な球筋のストレートを打つ事が前提となっているのだろうが、それは日本球界がガラパゴス化した結果の象徴である。

いずれにしても、1、2の3のタイミングでポーンとバットを出し、芯に当てて綺麗な打球を打とうと言う日本式の打撃がムービング•ファストボール相手に苦しむと言う事はよくわかった。ムービングボーラーを打ち崩すためには、強く、正確にボールを捉えて、芯を外しても良いから最低限、内野の頭を超してヒットを打とうと言う姿勢が重要になる。それを1番打者から9番打者までが徹底して行く事だ。

日本戦で先制ホームランを打ったキューバのヤスマニ•トマス。両手で振り抜くので押し込みが強く、インコースの球を詰まりながら右に打ち返しヒットを打つ打撃も出来る。重要な試合で役に立つのはこういう選手だ。日本の選手ももっと強く振って行く必要が有るが、それはホームランを打つためではなく、芯を外してもヒットにするためだ。


ホームラン狙いも、右打ちもいらない。必要とされるのは、ボールからストライクに入って来るムービングボールに食らいついて行く事であり、またストライクからボールに出て行くムービングボールにバットが止まる事である。そのギリギリの反応力が、これからの野球で打者に最も必要とされる能力である。

決勝戦に中継ぎで登板したペドロ•ストロップ。ストライクとボールの間でボールを動かしていた。まともなストレートはほとんど投げないこの種の投手から打つためには、どうすれば良いのか。また、投手の視点で考えると、この種の投手には芯を外した打球が長打にならないような球の力が重要になる。制球はある程度まとまっていれば充分だが、低めにボールを集める事。そして、それを受け止めるキャッチャーの技術。さらに緩急を使う事が出来れば言う事は無い。いずれにしてもバッテリーにとっても容易な技術では無い。「球に力が無く、緩急も無い。」この手のムービングボーラーは少々低めに集めても打たれるだろう。



野球そのものがウィッフルボール化しているのだ。どこに動くか解らないボールを、軽いバットを使って、無駄の無いフォームから鋭く振り抜いて打ち返す。ウィッフルボールには、これからの野球で打者が生き残るためのヒントが隠されている。


なお、以前にも書いたが、今大会を面白くしたのはチェックスイングに対する審判の判定の甘さだ。MLBでは確実にスイングを取られるチェックスイングが何回も審判の判定によって救われて来た。

そもそも、ストライクからボールに逃げる速球に対して、振りに行きながらも途中でバットが止まったと言う事は打者の勝ちを意味するのだから、今大会の判断は正しい。MLBのが厳し過ぎて間違っている。

この今大会における審判のチェックスイング判定もムービングボール全盛時代にマッチしたものだと言えるだろう。そして、MLBレベルのムービングボーラーをずらりと揃えたドミニカがチーム防御率トップ(1.75)で8戦全勝して優勝した。今大会のキーワードは間違い無くムービング•ファストボールだ。


★日本球界に向けた提言

今回の真の敗因は何か。その最大の責任は監督でも無ければ選手でも無いと思っている。ましてや高校野球や少年野球の現場でも無い。最大の原因はメディアにある。MLBを放送すると言っても日本の選手しかロクに映さず、タマにMLB特集が有ると言うので見てみたら全編に渡り松井イチローダルビッシュであったりするこの現状。試合中に平気で味方の守備陣に責任をなすりつける実況と解説。

こうした状況があるため、日本のファンは「日本の打者に打たれるメジャーの投手」と「日本の投手に抑えられるメジャーの打者」しかロクにみていない。そういうシーンばかりが放映されるからだ。このため、日本の野球ファンの多くが世界最高峰の技術を知らないでいる。選手だけではなく、現役プレーヤーも知らない。そうしてシーズンオフに気の抜けたメジャーリーガーと対戦し「メジャーなど大した事無い」と勘違いを起こして、渡米した多くの選手が失敗して帰って来ている。青木がテストされた件や、中島がマイナー契約を提示された件を、多くの日本野球関係者が憤っていたが、メジャーの打者のバッティングをよく見て来た立場からすると、当然の事である。それで無くてもメジャー関係者は失敗して来た多くの日本人野手の例が頭に有るから、日本人野手に手を出す事をためらうようになって来ているのだ。

しかし、そこに輪をかけて問題なのは、渡米した選手が打てばニュースになるが打たなければ全く採り上げられないと言う事。だから、日本のファンはメジャーで日本の打者が打てていないシーンをあまり見ていない。それを知ってか知らずか、メジャーで通用しなかった選手達が凱旋するかのように日本球界に戻って来る。しかも、そのままの打ち方、そのままの投げ方で。

そうした状況があるため、日本野球では、打球にバックスピンだとかフックだとかフェードだとか平和ボケした技術論にうつつを抜かして、悦に入っているのだ。打球に角度を付けるためフリーバッティングでボールの下を叩いて外野フライを打ち上げているような選手もいたが、今回のWBCでキリキリした緊迫感タップリの状況の中で、一本のヒットがのどから手が出るほど欲しい思いをした日本の選手達は、もうそうした平和ボケした技術論に惑わされる事は無いだろう。

まずは、放映権を持っているメディアが、メジャーリーグに詳しい評論家をゲストに迎えて、メジャーのトップレベルの選手のプレーを少なくとも一週間単位で紹介する番組を組むべきだ。バーランダーの勝ち試合をダイジェストで紹介したり、ホームランや試合を決める打席のシーンを紹介するくらいは最低限必要になる。そうすれば、高校野球や少年野球の指導者がプホルズやバーランダー(サッカーで言うとCロナウドやメッシのレベル)を知らないと言う事態は解消出来るだろう。そして日本の野球ファンはNPBのレベルがどのくらいの物かと言う事を相対的に知る事になる。

指導者の不勉強を責める声も強いが、特に少年野球となると指導者はボランティアで、週末の休日に子供とふれあい、終わったら一杯やろうと言うくらいの人が多いだろうし、またそれで当然であり、そういう人達が野球界の底辺を支えているのだから、それはそれで(その事自体は)感謝するべきだ。そして、そういう状況はどこの国でも同じだろうし、そういう人達に「勉強しろ」とか「意識を高く持て」等と言う方が土台無理と言うか、現実離れした発想である。「するわけねぇ。」と思うし「それで良いじゃん。」と言うのが私の感覚だ。

なので、そういう人達や野球少年が「勉強」しなくてもプホルズやバーランダーのプレーくらいは普通に見た事が有ると言えるような状況をメディアが作り上げて行く必要が有る。そして、そうした事はメディアがやるのがもっとも手っ取り早い。少年野球や高校野球の指導者が勉強会を開くようなまどろっこしい事をしなくてもテレビで放送すれば、トップダウンでメジャーの技術から皆が学べるのだから、それが一番速い。

股関節がどうのと言う解説を付ける必要は無いし、食い入るような眼差しで真剣に見る必要も無い。とりあえず夕飯を食べながらでも良いので、プリンス•フィルダーの打撃やジェレッド•ウィーバーのピッチングを横目ででも良いから日常的に見られるような環境を作るべきだ。それがスタートになるのだから。

日本に野球少年とか、高校球児とか、その関係者も含めるとかなりの人口がいるだろう。そうしたマーケットに対して、一週間に一回、メジャーのトッププレーを集めた番組を一時間流す。(メジャーのトッププレーヤーから学ぶ事が隠れた主題だが、解説は野球中継レベルで充分。)企画としては充分成り立つと思うのだが。。野球の試合は時間が長い割りには好プレーは一瞬なので、良く知ってる人間が時間をかけて見ないと、良さが解らない。なので、好プレーを集めたダイジェスト版の需要は有るだろうし、そうした番組に関わりたいと言う評論家や解説者はいくらでもいるはずだ。

今回でも地上波がWBCの決勝の生放送を取りやめたが、こんな事はもっての他。日本の打撃、投球の技術が、世界的には一段レベルの低い、ガラパゴス化したものであると言う事に皆が気がつくためには、まず、野球ファンの多くが日本の野球しか見ていないと言う状況を変えて行く必要が有る。

「洗脳」と言うと大袈裟に聞こえるが、その最も簡単な手口は情報統制で、大手のメディアが大金を投入して、有る一つの事を大々的に繰り返して主張すれば、大多数の人間がそれを信じるようになる。(別に不都合な真実を検閲して隠すまでも無い。)そうした人達を外から見て洗脳されていると言うのは簡単だが、実際には、どの時代のどの国の人も多かれ少なかれ「洗脳」されているものだし、どの権力も多かれ少なかれ「洗脳」は試みる。

日本野球もそれと同じと言うか、その一つの典型的なパターンで、NPBの試合と、MLBで活躍した日本人の映像しか見せないものだから、日本の野球ファンはまさに北朝鮮なみに洗脳されている。と言うと北朝鮮の人に失礼だと言っても良いレベルである。まさに頭に電極が刺さった状態に近いと言っても良い。むしろ、今回のWBCではブラジルや中国あたりに負けていた方が頭に突き刺さった電極がスッポリと綺麗サッパリ抜けてくれて良かったのでは無いか。

「洗脳」と言うのは大袈裟な言葉だが、野球の場合は政治と違って、単に放送する側の心情と視聴率の関係でそうなっているだけだから、解決出来ない問題では無い。視聴率に関してはやむを得ない感も有るが、少し視聴者の程度を低く見過ぎているのでは無いか。既に出来上がってる「日本野球ファン」と言うマーケットに受け入れられる安易なプログラムを組むのでは無く、自分達で新しい視聴者を開拓するくらいの気概を見せてほしいものだ。(視聴者の程度を低く見過ぎて、程度の低い番組を作ると言う批判には、NHKも民放も実際に良くさらされている。そして実際にそういう傾向が有る。それと同じ事が野球の放送でも起きている。)

確かに梅田の阪神電車と御堂筋線の改札あたりで騒ぐタイプの阪神ファンの意識までは変えられないだろうと思うが、野球を実際にプレーする人達の意識は、メディアの取り組み次第で大きく変わると思うのだが。

いずれにしても、今回の敗退は、この十年の集大成として負けるべくして負けたものである。あの走塁がどうだとかそういうレベルでは無い。そういうレベルで話をするなら、逆に奇跡的に日本を救ったプレーも有ったのだから。むしろMLB組を抜いたメンバーで準決勝まで行った事自体は、良い結果であると言えるほどだ。

日本野球界は、ここ10年くらいの間、日本野球が一番と思い込み、外国の特に都合の悪い情報を見て見ぬ振りしたり、また存在自体を半ば無視して来た。そういう状況は何故生じたのだろう。プロ野球OBの大物に気を使っているのか、日本人の気質なのか、はたまた、それとは無関係に、そうならざるを得ない時期、事情になっているのか。おそらく全部が正解だろう。いずれにしても、そういう状況の中で日本人選手の技術はガラパゴス化していく。ここ最近は国際試合で「なんか変な打ち方の奴がいるな」と思ったらたいてい日本人選手だと言う事態になっている。中国人でさえ、日本人選手の打ち方をマネしようとしない。

2006年から始まったWBCで確かに日本は二連覇したが、その実情は、惰眠を貪った日本野球と言う名の船が穴だらけになって沈没しようとしているのを、実際にWBCの試合に出ている選手たちが必死に排水して守っていると言う状態だったのだ。2009年のイチローのセンター前ヒットや、2013年は井端のタイムリーや鳥谷の盗塁で守って来たのだ。が、それももう限界でごまかしが効かない状態になったと言う事だろう。確かに2連覇はしたが、2009年はイチロー松坂ダルビッシュを擁して韓国と良い勝負だったし、今年は台湾やオランダ等にも手こずっている。1990年代後半なら、これらの国々には圧勝していたはずだ。

栄華を極めているように見える状況の中で、実質的には腐敗と崩壊が始まっていたと言うのは良く有る話であって、日本の野球もそういう状況であったのだ。

とにかく、どのプレーがどうと言う話では無い。日本野球そのものが「ダメ」を言い渡された瞬間であったのだ。

鬼の形相で内川に走りよって来るヤディアー•モリーナが日本球界に最後の審判を下す閻魔大王の役割を演じていた。