2013年3月13日水曜日

WBC  1次2次ラウンド 総括

日本が1位で2次ラウンドを通過したという事は、メジャー組抜きでメンバーを組んだ事を考えると、予想以上の好結果だと言えるでしょう。

ただ、外国人選手の打ち方を推奨している私の立場としては、もちろん「日本負けろ」の立場ですし、日本の打線が爆発して勝ち進んだ今回の結果について、説明しておかなければなりません。皆さんの方でも「やっぱり日本人の打ち方の方が良いんじゃないか。」と言う迷いが有ると取り組みにくいでしょうし、指導する立場の人は、選手に上手く説明出来た方が良いでしょう。

それでは今回、何故日本の打線が爆発しているのか。そして、キューバに勝ったのか。理論的なポイントは大きく分けて2つです。

1)両手で振り抜いている日本の打者。

今回の参加国(予選ラウンドで敗退した国については知りません)の中で、片手フォローを常用している打者が一人もいない国は恐らく日本だけでしょう。キューバやオランダの主軸打者には片手でフォローを取る打者が非常に多かったため、球際に弱く、重要な場面でヒットが出にくい大味な打撃をしていました。基本的にパワーの有る打者ほど片手で振る傾向が有るのですが、主軸が大味な打撃をしてしまうと、脇役にかかる負担が大きくなり、脇役が脇役として機能しずらくなると言う悪循環に陥ります。オランダやキューバの打線がまさにこの状態であったと言えるでしょう。

もちろん、その打者にはその打者が対応出来る限界が有りますが、その範囲内でミスショットを少なくするためには両手で振り抜く事が重要になるのです。キューバやオランダの選手は身体能力の面で日本の選手より上ですが、捉えられる範囲の投球を簡単にミスショットしていました。反対に日本の選手は、この取りこぼしが非常に少なかったのです。これが勝因の一つです。

キューバの打者に関しては、打高投低の国内リーグで優しい球を気持ちよく打つだけのスイングがしみ込んでしまっている感が有ります。一方、オランダのバレンティンは日本で確率よりもホームランが期待されている存在ですし、アンドリュー•ジョーンズに関しても、メジャーでは既にある程度好き勝手が許される存在になっているのだと思います。

こうした打者は日本のチームでは主軸を打ち、ホームラン王になったりしますが、それもワキでコツコツ打ってくれる打者がいればこその話で、そういうホームラン王を集めたからと言って強いかと言えば、そうでは無いと言う事です。私の提唱する「両手で振り抜くジャストミート至上主義」を最も忠実に実行していたのが日本だと言う事です。

2)脚を挙げる打ち方

見ての通り、日本では「一本脚打法」が主流になっています。前脚を挙げて後ろ脚に体重を乗せて、タイミングを取るこの打ち方は「早い段階で動き始める」「解りやすい大きな動きでタイミングを取る」と言う特徴が有ります。

つまり「いっせぇのおで」と投手と息を合わせてタイミングを取る打ち方なのです。バッティングセンターで150キロなどの豪速球を打って話題になる子供が時々いますが、そうした子供はまさにアーム式のマシンと「いっせぇのおで」とタイミングを合わせて打っています。タイミングさえ合えば、子供でも150キロの球が打てると言う事です。

しかし、重要な問題として「タイミングを取る」と言う事と「反応する」と言う事は全く別です。そして一般的に、タイミングを取れば取る程、反応力は低下します。その逆にタイミングを取らない打ち方では反応力は最も高まります。

日本人の打ち方は「いっせぇのおで」でタイミングを取る打ち方の最たるものです。この場合、投手の投げるボールが一定の範囲内であれば、タイミングが合えば打ちやすくなります。しかし、その範囲を超えるキレや変化のあるボールが来た場合には、反応出来ません。これも、日本の野手がメジャーで成功しにくい理由の一つです。今回のWBCのこれまでに出て来たレベルの投手は、日本の国内リーグで出て来る投手よりも練度が下がりますから、日本の打者が反応出来る範囲内であったと言う事です。

では、なぜキューバやオランダが日本に敗れたのか。それは体では反応出来ても、片手フォロー故に、ハンドワークの悪さで打ち損じていたからです。


〜まとめ〜

一本のヒットに偶然は有りますが、打線が爆発するのにはそれなりの理論的根拠が有ります。統一球が導入され、変化球の曲がりも鋭くなった環境でプレーしている日本の打者にとって、オランダ、キューバ、台湾の投げる球は優しく映ったでしょう。そうした打てる範囲の球を取りこぼし無く打った結果が今回の勝因です。(統一球に不満を漏らしていた向きも有りますが、大局的に見れば今回の結果は統一級の導入が成功した事を意味します。)

しかし今の日本人の打ち方は、ある一定の範囲内では比較的簡便で手堅い方法ですが、それ以上の範囲となると、限界の有る技術です。ある意味「バッティングセンターで150キロを打つ子供の打ち方」と同じであり、バッティングの本筋からそれた変則的なものなのです。ただ、本筋からそれたからと言って結果が出ないかと言うとそれはまた少し別の問題で、そこが野球と言うゲームの複雑で面白い所なのです。要は、どのレベルを目指すかと言う事で、その観点から言うと、今の日本人の打ち方は少なくとも我々の目指すべき境地では無いと言う事です。


準決勝では、そうした見方で日本人の打ち方と他の国の打ち方を比較してみると面白いと思います。

一つ大きく違うのが、打球の速度。打球が遅いのでその間にランナーが多く進塁出来た事も日本の勝因の一つかもしれません。(笑)


★その他の話題 

WBCと言う大会も3回目を迎えて白熱して来た。各国の取り組みも変わって来た事も有るのだろうが、この大会を面白くしている一つの原因とも言えるのが、投手の球数制限。これは投手の肩を保護するために選手会の要請で始まった事だが、結果的に一人の絶対的エースに頼る事無く、その国の平均レベルで戦う事が求められるので、本当の実力が解りやすい。

ただ、それであれば、2次ラウンド以降も、もっと球数制限を厳しくしても良いだろう。今、最大のネックになっているのは、最もレベルの高いメジャーリーグの投手がほとんど参加してこないと言う状況だが、これも球数制限を厳しくする事で打開される可能性が出て来る。フェリックス•ヘルナンデス、ジャスティン•バーランダー、ジェレッド•ウィーバー、CCサバシア、ロイ•ハラディ、ジェイク•ピーヴィーら、メジャーの一線級が参加して来ると、この大会もさらに盛り上がるだろう。そしてダルビッシュ•有も。個人的には球数制限が、大会全てを通じて50球くらいでも良いと思っている。いや、40球でも良い。もともとクローザーが投げるのはもっと少ない球数なのだから、力が有れば、そのくらいの球数で充分実力が発揮出来るだろう。また、そのぶん、投手のメンバー枠を大幅に増やすと見てる方としてはもっと面白い。

こうした状況が改善されないため、エキシビジョン大会と言う位置づけが未だ強く、大会も申し訳なげに、早い時期にたたみかけるように終わってしまうシステムになっている。

決勝ラウンドも単なるトーナメントでは無く、2次ラウンド1位で通過した国には敗者復活戦のチャンスが与えられると言うのはどうか。例えば、準決勝で1位通過の日本が敗れて、ドミニカが優勝したとする。そうすると、ドミニカは優勝した後に日本と再び戦わなければならない。また、仮に準決勝で1位通過の国が両方とも敗れたとすると、その両国で戦い、その勝者がトーナメントの優勝国と戦う。

このくらいの権利を一位通過の国に与えなければ、2次ラウンドを一位で通過する意義が薄れ、先の日本、オランダ戦のように、締まりのない試合が出て来てしまう。得失点差や、準決勝の対戦相手が変わって来ると言うくらいでは、モチベーションにならない。

そして、ワイルドカード制の導入。特に、中南米のドミニカ、プエルトリコ、ベネズエラが潰し合うのは痛い。決勝ラウンドに後2チームくらい参加出来ても良いのでは無いか。いずれにしても、投手の球数制限をより一層厳しくする事によって、大会システムをより、本腰の入ったものにすると、もっと面白くなるだろう。

そもそも野手に関してもメジャーの選手の多くが参加を見合わせているのは、故障を懸念しての事なのだが、極論を言えば、走者用のベースと守備用のベースを作っても良いくらいだ。もちろんこれは極論で冗談だが、いくつかのルールを見直す事で「WBCの野球」と言う物を作るくらいの柔軟な発想の転換をして、その枠組みの中で各国が本気で戦った方が面白いのではないだろうか。例えば、クロスプレーでの「削る」走塁の厳罰化や、捕手の本塁ブロックに対するルールの見直し、そして、DHを3人まで可能にし、代走を出された打者が次の打席にまた立てるなど。ベンチ入りメンバーを40人まで可能にし、アメリカンフットボールばりの細分化された役割分担で戦う「新しい野球」を作り、各国が総力戦で戦うようにすると面白いかもしれない。

★余談

日本チームの勢いは、明らかに台湾戦での鳥谷の盗塁から変わった。たいして脚も速く無い鳥谷があそこで走る度胸。あれは凄い。今回の日本チームの人選。特に首脳陣。明らかに「なれ合い」が懸念されるチームで、稲葉までもが「スター選手のプライドを壊さないように」等とのたまう始末。これで大丈夫だろうかと思っていたが、その空気を見事にぶっ壊してくれたのが鳥谷の盗塁だと言えるだろう。「俺が失敗したら、お前等ココで負けるけどよ、自業自得だぜ。知ったこっちゃねぇ。ここで俺に一発ギャンブルさせろや。最後にスカッとしてやろうじやねぇか。」と言わんばかりの度胸と投げやりの紙一重の判断。失敗したら暴走だが、古今、英断とは常にそういうものである。よくぞやってくれたと、あの時だけは私も心の中では喝采を送っていた。あの盗塁には、そうした精神的な意味合いも大きかったはずだ。首脳陣や選手も含めたチームの「上層部」から、中堅、若手の「実動部隊」の選手が精神的に自立した一瞬だった。おしつけられた「なれ合い」の空気を壊して、若い力が自分たちのやりたい野球を始めた瞬間だった。そして、それが次のオランダ戦での打線の爆発に繋がって行く。

鳥谷。この男は実は昔ながらの「勝ちを期待していない」阪神ファンにとってはあまり可愛い男では無い。いつ見ても愛嬌たっぷりの藤本がせっかくセカンドのレギュラーを掴みかけていた時に、岡田監督の後輩として早稲田大学からいかにもエリートだぜと言わんばかりに入団し、傍から見るとえこひいきにしか見えない起用の状況の中、悪びれる事無く淡々とした態度で堂々と試合に出続けて、定位置を獲得し、藤本をヤクルトに追いやった男。

関西圏のメディア(特に吉本芸人あたり)からは何故か常に「イケメン」呼ばわりされていたが、愛嬌のかけらも無いあの仏頂面である。おまけにバッティングフォームも明らかに腰が引けていてお世辞にもカッコ良いとは言えなかった。

だが、今回のあの大一番での大英断。鳥谷が成長したのか、私の見たてが違っていたのか。おそらくその両方だろう。あの仏頂面に、あれほどまでにエキセントリックなKYぶりが隠されている事は、私にも読めなかった。

あの盗塁はウィリー•メイズの「ザ•キャッチ」や、デレック•ジーターの本塁間近での中継プレーに匹敵する、ビッグ•プレーであった。サッカー流に言うとファンタジックなプレーであった。