2016年4月2日土曜日

ダルビッシュ投手フォーム分析 その16

軸脚の動作の二大テーマのもう一つは「股関節の割れと絞り=斜め回転」です。股関節の斜め回転について基本的な事はその8(http://bplosaka.blogspot.jp/2016/03/8.html)に書きました。

ダルビッシュ投手の場合、この点については大きな長所ですが、それはやはり回し込み式の特徴が出ているとも言えます。身体を捻った時に股関節が割れやすいからです。この股関節の捻りを上手く使えている事がサイドハンド投手のような横に大きく滑る変化球を可能にしているのかもしれません。
 
 例えば、ヒップファーストを過剰に強調したり、身体の側屈を使うと後ろ脚の膝が内に折れやすく軸脚股関節が割れない(下の写真)とか、プレートに足をかけて軸足を斜めにすると割れないとか、身体の捻りがあまりにも小さいと割れないとか色々あるのですが、ダルビッシュ投手の場合はそもそも出来ているので、そうした事は飛ばして、基本的にはトレーニング法と、実践の助けとなる基礎的な理論について書きたいと思います。

トレーニング法について特に書きたいと思ったのは、ダルビッシュ投手の場合も近年はこの割れと絞りの柔軟性が低下しているように見えるからです。こうした柔軟性は基本的に年齢と共に低下しますが、ストレッチなどでキープし続ける事が可能なので、それをするかしないかで大きな差が出て来ると思います。

まず今回は第一回という事で基礎理論について書きます。

股関節の割れと絞りは解剖学的には以下のように説明されます。


そして、股関節は斜めの関節面を持つボール&ソケットの関節なので以下の事が言えます。


ただ、「割れというのは両脚いっぺんに割るだけでは無く、片脚だけ割るのも割りです。ピッチングの軸脚はまさに写真のように割れた状態(屈曲)から絞り(伸展)を使う事で地面を強く押すと同時に、絞りに含まれる内旋によって、その後の回転運動につなげているわけです。

 しかしここで重要な事は、ピッチングの下半身動作の中で「軸脚で意識的に地面を押す」という事は必要無いと言うか、やってはいけない事であると言う事です。(物を持ち上げたりする時の随意的な筋収縮と、伸張反射などによる不随意の筋収縮の二種類がある事はご存知だと思います。)

つまり、後ろ脚はオートマチックに出力するという事です。そのメカニズムについてまず書きます。

バッティングのイラストしか用意出来なかったのでそれを使いますが、ピッチングでもメカニズム自体は同じです。ここでは解りやすくするために内転筋だけをイラスト化しています。

以下に順を追ってイラストの説明をします。投手であればぜひとも知っておいて頂きたい軸脚が作動するメカニズムです。
 

(1)軸脚に体重を乗せます。そうすると地面反力によってオートマチックに重心移動が始まります。
(2)重心移動が始まると、後ろ脚股関節が外転するので、内転筋が引き伸ばされます。この時、腱も筋肉も同様に引き伸ばされます。
(3)では筋肉は伸張反射で収縮していますが、体重によって後ろ脚は「外転の負荷」を受け続けるので、股関節そのものは外転した状態に保たれます。その結果、腱が引き伸ばされます。(伸張性収縮)
(4)では前脚が着地する事により後ろ脚から体重が抜けます。そうすると、後ろ脚股関節を外転させていた負荷が消失するので、後ろ脚股関節は内転筋の働きで、鋭く内転します。

ここで重要な事は、伸張反射というのは脳からの指令を必要としない無意識下の筋収縮ですから、上記のメカニズムの中で、自ら力を入れて後ろ脚で地面を蹴ったり、押したりする局面は無いと言う事です。重要な事は、体重移動(負荷の移動)を適切にコントロールして最適な軸脚の出力を導きだしてやる事です。

重心移動の中で体重が後ろ脚に乗っている事で、後ろ脚股関節周辺筋群に伸張性収縮の状態を生み出せるからです。伸張性収縮によってより大きな力が発揮出来る事はウェートトレーニングでも言われるのでご存知だと思います。

そしてもちろん、後ろ脚股関節は「割れ〜絞り」の動作になるので、上記のメカニズムがハムストリングスにも起こるわけです。下の写真で言うと、2コマ目から3コマ目あたりでハムストリングスが伸張性収縮を起こしているはずです。

また、上記のメカニズムは「伸張性収縮〜短縮性収縮への切り替え」という事で「デコピン」で説明される事が多いのですが、その事はトレーナーの方なら誰でもご存知だと思います。
 
腱の弾性力エネルギーを利用する事でスピードが発揮されると言うのも良く知られた事実です。カンガルーのジャンプ力と長い腱の関係とか、黒人ランナーの下腿部の長い腱と疾走能力の関係とかは良く言われる事です。

ちなみに余談ですが、なぜメカニズムが同じなのにピッチングとバッティングで重心移動の大きさが全然違うのかというと、写真のようにバッティングは両手を繋いでいるのでグリップが少ししか後ろに動かないので、バランスを取るために前への重心移動も必然的に小さくなるからです。ピッチングの場合は投球腕が大きく後ろに動くので前への重心移動も大きくなるわけです。


着地後に回転が始まっても、物理的な要因で肩の傾きが投打で逆になりますが、根本のメカニズムは(スインガーであれば)投打ともに同じです。もちろん、パンチャーでも投打ともに同じです。

いずれにしても、上記の後ろ脚股関節の割れ〜絞りを上手く導きだしてやるためには、最初の「割れ」の形を作る事が何よりも重要になります。この形さえ作れば、後はよほど余計な事をしない限り、上手くいくからです。


以下のイラストを見ると、後ろ脚股関節が割れるメカニズムが感覚的に理解出来ると思います。つまり、曲線的な下降線を描く重心移動、その過程で引き上げられる投球腕、それに伴って生じる捻りなどが、後ろ脚股関節の割れを可能にしているのです。(モデル=斉藤和巳)

バッティングでも同じ事です。

下のイラスト(モデル=清水直行)はピッチング動作の中で後ろ脚股関節が割れるところを表しています。

上記をふまえてもう一度、最初の連続写真を見てみましょう。

まず(1)から(2)にかけて重心移動が始まり、股関節が割れます。このときは主に軸脚股関節周辺の筋肉(主に内転筋、ハムストリングス、大臀筋など)が伸張されているはずです。重心移動の開始時にスッと身体が沈むフェーズです。

(2)から(3)ではその引き伸ばされた筋肉群が伸張反射によって収縮しているものの、それら筋肉の力よりも負荷の方が大きいので、まだ股関節の割れが深まっている伸張性収縮のフェーズです。ただ筋肉は力を発揮しているので、スっと沈んだ後にグッと力がこもる感覚のシーンです。

(3)から(4)にかけては上体が軸脚の上から移動する事で軸脚からかなり体重が抜けていくので、筋肉の力が負荷に勝ち、股関節が割れから絞りに転じて地面を押しているフェーズです。ただそれは自分から力を入れて押すのでは無く「脚が勝手に力を発揮している」と言った方が良いでしょう。グゥ〜と軸脚が地面を押して身体をニュ〜っと前に運ぶ感覚のシーンです。

(4)から(5)にかけては、 前脚が着地する事で軸脚が負荷から解放されていくフェーズです。今まで、絞りの力を発揮しながらも体重の負荷を受けて絞りに転じきれなかった後ろ脚が負荷が抜ける事で(デコピンで弾かれた指のように)一気にズバッと絞られるシーンです。もちろん、この絞りは腰の回転に繋がります。

上記(1)から(5)に至る動作の感覚を理論的に解説すると以上のようになるわけです。スっと沈んでグッと体重を受け止めて、グゥ〜っと地面を押して、スパッと回るという(スインガーの)ピッチングの軸脚の動作の中で割れと絞りが起来ている事、そして自分から力を入れて押したり、無理に形を作ったりする必要が無い事が解ると思います。

また、下の写真で良い点は、後ろ脚が割れてる時は前脚が絞られていて、両方ニュートラル、そして、後ろ脚が絞られた時は前脚が割れてる点です。双方の股関節はこのように連動するのが理想的です。(後ろ脚が速い段階で絞られたり、前脚が着地する時に割れずに両脚が内股になるのが良く有る悪い例です)
 

(様々な動作における割れと絞りの連動)


と、最初にこのような解説を書いたのは、「割れ」と「絞り」とは言うものの、投球動作の中で意識して割ったり絞ったりするという話では無いと言う事を説明したかったためです。ではどうすれば出来るのかというと、以下の3点がポイントになります。

(1)重心移動が始まる瞬間の形を正しく作る
(2)余計な意識的動作を加えない
(3)割れ絞りを使えるように柔軟性を保ちつつ鍛える

(1)についてはダルビッシュ投手の場合は(これだけフォームの中で割れ絞りが出来ているのだから)既に出来ているという事になります。 (2)については、身体を閉じようとして前脚を内に絞り過ぎたりとか、そういう事をしないという話で、これについても既に出来ていると言う事になります。そこで、ここでは(3)のトレーニング方を中心に主に書いていきたいと思います。

いずれにしても、投球動作における後ろ脚の動作は全て股関節の割れと絞りで説明がつきます。そしてそれはオートマチックに起きる動作だと言う事です。

そして投打の股関節の動きはほとんどが割れと絞りで説明がつきます。

次回からは、この割れと絞りのトレーニング法を中心に書いて行きたいと思います。

その16 完