補足を何点か書きます。
1)スインガータイプの特徴と投球スタイル
まず以下の内容は、必ずしもダルビッシュ投手個人に当てはまる事ではなく、私がこれまで多くのプロやメジャーの投手を映像で観察してきた結果として、「こういうタイプの投手にはこういうピッチングスタイルが合う」という話に過ぎない事をお断りしておきます。つまり、一般論として参考にして頂ければと思います。
まず私の観察によるとダルビッシュ投手はスインガータイプです。このタイプは末節部の加速に(パンチャータイプと比べて)長い時間(コンマ何秒ですが)を要すると言う特徴があります。なぜなら体幹部の回転を先行させつつ、末節部を遅らせる事で最後にヌンチャク効果を利用して加速するからです。そして、
加速に長い時間かかるのが優れたスインガーなのです(打撃で言うと落合博満のヘッドが中々出てこない感じ)。下の写真は体が回ってもギリギリまでボールを残している様子が良く出ています。
ですからスインガーの場合、クイックモーションや牽制球で動作の素早さを追求しようとすると、肝心の投球動作そのものに悪影響が波及しかねません。ですから、スインガーの場合はクイックや牽制については「基本を抑える」にとどめ、打者に集中した方が、その真価を発揮出来ます。逆に言うとランナーと格闘しだすと魅力が半減するのがスインガーの特徴です。
特にクイック等に関しては、最近多いコンパクトなフォームは基本パンチャー向けなので、スインガーの投手が取り組むと「メカニズムと戦略の不一致」となるので特に注意が必要なテーマです。スインガーの場合、並進運動を充分にとる事が命とも言えるメカニズムなので基本的には高重心の構えが絶対的に有利なのです。基本的には体を大きく使った方がスインガーのメカニクスにはマッチします。
また、スインガーは基本のフォームがオーバーハンド (パンチャーはスリークォーター)になる事と、変化球を投げる時に「抜く」腕使いがやりやすい事から、(縦のスライダーなど)縦の変化球を武器とする投手が多く、そのため、三振をとる上で有利です。この事も、打者集中型のピッチングスタイルが適している一因です。つまりランナーを進塁させるリスクを背負いつつも落ちる球で三振を奪いに行くあたりにスインガーの真骨頂が有ると言う感じです。
また、メカニクスの本質が「腕の力を抜いて体幹、下半身の力で腕を振る」という所にあるので、8割の力で長く投げる事がやりやすいので、先発投手に多いのもスインガーの特徴です。つまり8割とまでは言わないまでも、ある程度、力をセーブして長いイニングを投げ抜くのに適した投法だと言えます。この事と「バッター集中」の特性を併せて考えると、限られたイニングを0点に抑えるつもりのスタイルよりは8回〜9回を3点以内に抑えるプランで投げた方が真価を発揮出来るのがスインガーです。長いイニング投げる代わりに中5日のインターバルが取れたら理想的なんですけどね。
なお、ダルビッシュ投手個人のスタイルに言及すると、その特徴はやはり球種の多彩さでしょう。縦と横に変化球においていずれもメジャートップレベルの変化量を持つボールを投げ、さらにスローカーブまである。。このような投手は中々いません。それは回し込み式と言う特有のステップ形態とも関係が有ると思います。ロモのようにスライドする球、ピービーのようにシュートする球、シャーザーのように落ちるスライダーが有り、浮く球まで有る。さらに今中のようなカーブ。。それらをふまえるとストレートに関しては94マイルを維持出来れば言う事は無いと思います。ただ横にも大きく滑る変化球が投げられる一方、本当の意味でダルビッシュ投手のメカニクスに合致する基本となるのはむしろ縦系の変化球だと思います。
いずれにしても、変化球が多彩になって真っ向勝負の定義もかわりつつ有る今の野球の中で、間違ってもクレメンスとかノーランライアンの方向性は目指してほしく無いというのがそっちょくな感想ですね。 また、単なる思いつきですが、元々が最大外旋が深くカーブに適したフォームなので年齢がいって球速が低下すると共にカーブを投げる割合を増やすと長く活躍出来るかもしれません。カットボールもスインガーに適した球ですし、また腕の振りが縦軌道の右投手は右打者の内角に食い込むようなツーシームを投げる場合が多いので、そうしたボールも投法にマッチしているかもしれません。マリアーノ•リベラが一時やっていたように右打者にはツーシーム、左打者にはカットボールで詰まらせるスタイルとカーブをミックスすれば、球速が落ちてもかなり勝てると思います。あまり確証が無い事を書くのも何ですが、ダルビッシュ投手の投法に本質的な意味でマッチする変化球は縦に落ちるスライダー、小さく鋭く沈みながら落ちるカッターとツーシーム、それからカーブなのでは無いかと思います。そこに加えて横捻りの入ったフォームの特性上、横に大きく滑る変化球が有るのがスパイスになる。。そんな感じがします。
2)コアメカニクス•ドリル
ダルビッシュ投手のフォームの特徴として、前脚挙上から重心移動に至る際の回し込む動きが挙げられます。この動作は前脚挙上から重心移動をスムーズにするだけでは無く、フォームにやや横回転の要素を加える事で多彩な変化球を可能にしていると考えられます。 ただその一方で、純粋に「投げるための身体運動」という観点から見ると、この捻り動作が若干の問題点を作り出しています。つまりメリットとデメリットが有るのですが、そのメリットはいずれも実戦の中では有効に作用していると言う事です。
このようなケースでは普段の練習の中で如何にデメリットを軽減するかと言う事が重要になります。その上で実戦の中では回し込み式のメリットを利用するのが理想的です。
そこでダルビッシュ投手に特にお勧めしたいのが、この「コアメカニクスドリル」です。これは
投球動作の中から大きな前脚の挙上や反動動作を極力省き、必要最低限のミニマムな動作形態にしたうえで7~8割の力で投げると言う事です。大きな前脚の挙上や捻りを省く事によって基本となるメカニズムを良い状態に保つ事が出来ます。
コアメカニクス•ドリルとして使える投げ方をいくつか動画で実演しました。条件を満たす投げ方は他にも有るかもしれません。
このドリルの最大のポイントは以下の3点です。
1)重心移動との連動で両腕を割る
藤川球児を出来ている例に挙げましたが、回し込み式の弱点になりやすいのがこの部分です。セットの位置に有る両腕が重心移動の結果として割れて左右対称に肘が挙がる動きになる事が重要です。(写真は前脚が着地した所で動きを止めています)
2)後ろ脚からの地面反力で前に出る
その2(
http://bplosaka.blogspot.jp/2016/03/2.html)で書きましたが、回し込み式は腰を捻って後ろ脚股関節を前方に送り出す事で重心移動をスムーズにスタートさせる点が長所ですが、その反面「地面反力で後ろから押す前に骨盤が前に流れる」ので、その「前に流れる」要素が強くなると軸脚の力をロスしやすい点が短所です。この回し込み式のデメリットを修正するために、この
コアメカニクス•ドリルでは極力反動や大きな前脚挙上を避けて、後ろ脚からの地面反力のみで並進運動をスタートさせる事がポイントになります。あまり知られていない事ですが、後ろ脚の上に体重を乗せてリラックスして立ってやると、それだけで打者方向への重心移動が始まります。そうなった時、後ろ脚の力をロス無く活用出来ますし動作もまとまります。その感覚を掴むためにも有効なドリルです。
3)平地で投げる
このドリルはキャッチボール等の際に平地で行う事がポイントです。基本的に平地で投げる事が投げる動作の基本だからです。そもそもマウンドに傾斜が有るのは「18.44mくらいの距離だとベストピッチは相手の胸あたりに集まる」からです。つまり本来、相手の胸あたりに集まる球をストライクゾーンにズラすのがマウンドの傾斜の意味です。ですからもちろん平地で投げる場合は捕手を座らせる意味はありません。コアメカニクス•ドリルを20mくらいのキャッチボールで行う場合、相手の胸あたりに投げる事が重要です。また、シャドウでも効果的ですが、いずれにしても平地で行う事が大切です。
なお、このコアメカニクス•ドリルのような考え方、取り組み方はダルビッシュ投手のような多彩な変化球を投げ、なおかつフォームにもバリエーションが有る投手にとっては非常に重要なものだと思います。つまり、いつでも出来て基本フォームを確認出来るドリルを行うと言う事です。そこを軸としてクイック、ワインドアップはもちろん、様々な派生的フォームに応用したりすると言う考え方です。また、変化球を投げ過ぎた後にストレートの感覚を戻す時にも有効でしょう。
なお、コアメカニクス•ドリルは基本的にはミニマムな動作形態を用いるので小さな動きになりがちですが、そのカウンターとして(動画のような)ダイナミックな投法で体を名一杯使う感覚を呼び戻すための投げ方を行うのも効果的です。
ライアン式の脚挙げについては
コチラのページに書いてあります。また振りかぶり式投法は始動時に腕を大きく回すためか、思い切り投げると肩に張りが出やすいのでキャッチボールで軽く投げる時に使うのが良いと思います。
なお、外野手のバックホームやショートの一塁送球なども体をノビノビ使う意味で面白いのですが、バックホーム投げはグラブ腕が引けるクセがつきやすく、内野手投げは横手投げのクセがつきやすいので、あえて除外しました。ちょっとやる分には良い練習だと思いますが。
3)セットの構え作り
これは最近新しく編み出したすぐに使えるテクニックです。下の動画を見てください。まず構えでは広めに足幅をとり、リラックスのための手を低い位置におきます。この状態で腰を沿って腸腰筋をストレッチした後、その伸張反射を利用して股関節で体を折り、構えを作ります。この時、手の位置を肘より上に挙げて構えを完成させます。なお、動画のモデルはやっていませんが、
股関節で折って構えを作る時、少し足幅を狭めると良いでしょう。
なぜ腰を反る時に歩幅を広めるのかというと、
下図のように腸腰筋というのはハの字型に付着しているので、多少足幅を拡げた方がストレッチしやすいからです。ただその状態だと構えとしては足幅が広すぎるので、股関節で体を折る時に足幅を狭くするわけです。なお、この時に前脚が挙がるのは
腸腰筋その場ステップと同じ感覚で、腸腰筋の伸張反射を利用すると自然に行えます。
もちろん、この方法は低重心型の構えを作る場合に、特に適した方法です。股関節で体を折る時、胸椎の後弯を高い位置に形成し、頸骨で立つ状態を作る事がコツです。単純に言うと、この方法により腰の入った構えができるという事です。
自分で撮り直しました。このように股関節を屈曲する時に足幅を狭めます。
4)ボールに握りに対する1考察
これは新しい変化球か或は速球のバリエーションを編み出すための参考になればと思って書きます。下の画像が一般的なボールの握りの教えで、ストレートを投げる場合は○の例のように中指と人差し指の中間に親指を置き、親指の側面でボールに接するように言われます。一方、×では親指が横にそれて、腹でボールを握る鷲掴みの握りで一般に悪い握りとされています。
なぜこの握りが正しいとされているのかと言うと、バックスピンを投げると言う事が前提になっているからです。もちろん、バックスピンを投げるためには、この握りが正しい握りです。
ただ、この「正しい握り」には唯一の弱点が有ります。写真のように
人差し指と中指からの圧力は親指からの圧力と釣り合いますが、小指と薬指からの圧力は、それと釣り合う力を持たないと言う事です。そのため、このバックスピン用の握りでは物理的にボールが横に抜けやすい構造で、それを防ぐために手に無意識に僅かな力が入ってしまうはずです。
ここで「バックスピンには適さないが、構造力学的に安定した握り」を紹介します。安定しているからこそ、
手の力が抜けるのが長所です。それは写真のようにボールと指の四つの接点を台形に近い状態に配置するというものです。(もちろん、親指の腹で握らない事が重要になります。また、完璧な台形にすると親指が横にズレ過ぎて腹で握る事になるので、そこまでは必要ありません。通常の握りより少し横にずらすだけで充分力学的な安定感が得られます)この握りにする事で手の力は抜きやすくなります。
可能性としてはスピン量が減って「重い球」になるかもしれません。
5)振りかぶり動作と回し込み式の相性
これまでに書いて来ましたように投手の重心移動のリズムは「振りかぶり式」「腿挙げ型」「回し込み式」「ライアン式」等、様々な種類が有ります。その中で回し込み式のリズムと振りかぶり動作は相性が悪いのでは無いかと思います。実際、ダルビッシュ投手が振りかぶって投げている所を見ると、前脚挙上〜重心移動のリズムは「振りかぶり式」になっている場合と「腿上げ式」になっている場合が有るようです。
簡単に言うと、振りかぶり式の場合は振りかぶった腕を下ろして来る流れを止めずにテークバックに入るのに対して、腿上げ式の場合は前脚を挙げた所でカチッと動きが止まるので、そこで手も止まるリズムになります。しかしいずれの場合にも言える事はこれら2つの投法の重心移動のリズムは回し込みのそれとは異なると言う点です。回し込み式のリズムをそのままに振りかぶり動作を加えようとすると無理が有る事が解ると思います。そういえば斎藤雅樹なんかも振りかぶってませんしね。
ここで、振りかぶる動作のメリットを書いておきますと、それは腕を振り上げた時に前脚側に反りが作れるので、それが腹筋、腸腰筋、大腿四頭筋などをストレッチする事になり、前脚の挙上が楽になると言う点です。
その意味では振りかぶりも使えるテクニックですが、その場合、
基本となるフォームに対する影響の出方が考慮すべきファクターとなるでしょう。おそらく「腿挙げ型」のリズムの方が影響は少なくてすむのではと思います。特に振りかぶり式で注意したいのは肩への負担ですね。始動時に腕から動かして行くので腕の筋肉に頼りやすいぶん、振りかぶり式は肩に張りが生まれやすいフォームだと思います。
6)回し込み式についての補足
回し込み式の本質は捻りを利用して後ろ脚股関節を前方に送り出す事で重心移動をスタートさせるという点にあります。しかし、この捻るという動作自体は必ずしも「回し込む動き」を伴いません。そういう意味ではジョシュ•ベケットなどは回し込まずに捻るタイプと言えるでしょう。こういう捻りは「腿挙げ型」の藤川球児も使いますし、「振りかぶり式」の投手も基本的に捻りを利用します。
実際、先に挙げたダルビッシュ投手の振りかぶる動画でも「振りかぶり式」「腿挙げ型」のいずれにおいても捻りを明確に利用しているようです。
ある意味回し込み云々よりも捻って重心移動をスタートさせるという点にダルビッシュ投手のフォームの根本的な特徴が有るのかもしれません。これは書き進めて行く中で気がつかされた事です。くどいようですが、
こうしたタイプのフォームの特徴は重心移動がスムーズに始まる反面、強調すると体が前に流れて軸脚側の力を(僅かに)ロスする場合が有るという事です。そのためにコアメカニクス•ドリルを紹介しました。
7)ウェートトレ後のアフターケアドリルを作る
金本知憲はウェートトレーニングの後に必ず素振りをしていましたが、この行程が非常に重要です。肩の回旋系のストレッチ(特に動的ストレッチ)は重要ですが最も効果的なのはスローイング版の素振りであるシャドーです。
投球動作では腕がリラックスした状態で筋肉の反射機能(伸張反射)が働き、さらに静止状態では生まれ得ないような負荷がかかり肩関節が捻られるために非常に動的ストレッチング効果が高いのです。
なお、ここで言うシャドーとはタオルを使わずにやる方法で、こちらのページ
(http://bplosaka.blogspot.jp/2015/05/step11.html)に説明してあります(モデルはパンチャー)。素手によるシャドーは肩肘に負担がかからず、何度でも出来るのが長所です。ウェート後などにしばらくやってると最初はごわついていて手先の走りが鈍かったのが段々ヒュッと手先が鋭く走るようになってくるはずで、そうなって来た頃には柔軟性も回復しているはずです。
コチラは実践した中学野球指導者のブログです。いずれにしても、そうした意味でのウェートのアフターケアとなる流れを確立する事が非常に重要だと思います。
8)メジャーの打者の傾向
「日本人にはまずいないがメジャーに多い打者」 といってまず思いつくのが動画のような片手フォローの打者です。特にかなり筋肉の発達した打者とこの片手フォローが組み合わさると低めの落ちる球をすくい打つのが難しくなります。この辺に落ちる球を武器にする日本人投手が成功する理由の一つが有ると思います。
低めを打つためには腕に捻りが入って画像Bのようにヘッドを下げないといけないのに、片手フォローは画像Aのように手の甲を投手に向けて引っ張る腕使いのイメージになるうえに、発達した胸周りの筋肉で腕に捻りが入りにくくなっている場合が多いからです。日本人にはいない、
マッチョで片手フォローで手首を返さない直線的なスイングの打者はたいてい落ちる球に弱いと思います。
9)フォームのバリエーションを持つ効果
ダルビッシュ投手は常々、何種類かのフォームをその時のコンディションによって使い分けると言う話をしていますが、これは非常に良い考えだと思います。なぜなら、ほとんどのフォームには一長一短あるのであまり一つに固める事にこだわるとデメリットまで蓄積されてしまうからです。そこで時には違うフォームで投げる事で違う筋肉を刺激してやった方がむしろコンディションは良い状態に保たれるはずです。ちなみに左で投げる事にもそういった効果(違う筋肉を刺激して体のクセを取る効果)はあると思います。ただ、こうした取り組みの場合、コアメカニクス•ドリルで書きましたように基本となる一つの型を確認出来る練習の存在が重要になって来るはずです。
おわりに
長くなりましたが、以上です。このたびは当方の勝手に申し出に快諾して頂き、本当に有りがとうございました。日本代表のエースピッチャーに自分の研究を見て頂けるという事で、あまりのやりがいについついここまでの大作になってしまいました。あまり多くを語り過ぎる事は良く無いと言われがちですが、ダルビッシュさんのように研究熱心で自分で考えるタイプの選手であれば、そのヒントとなる理論を出来るだけ多く、詳しく挙げた方が良いのでは無いかという考えからこうした内容にさせて頂きました。それでは今後のご活躍を期待しております。重ね重ねありがとうございました!