2015年4月25日土曜日

パンチャーとスインガーの分類

〜スイングメカニズムの本質的な原理は二つある〜

 「ヒトがその肉体の末節部を加速するための原理は1つである」「色々な打ち方が有るが、打撃の本質は常に一つ」。。そう言えた方が楽だし、話としてもスッキリしていて受け入れやすい。しかし、現実はそうでは無かった。スインガータイプとパンチャータイプの二種類に分けられるのだ。なお、この分類は打撃と投球のどちらにも当てはまる。





 走る時のスタートの仕方に例えるのが解りやすいかもしれない。段階的に加速していきMAXに持ち込む方法(スインガー)と、瞬発的にスタートを切り、いきなりMAXに持ち込もうとする方法(パンチャー)が有ると言う事だ。

 ただし、二つのタイプはあくまでも別個に完成されたものであり、上手いと下手の差では無い。完成されたパンチャーはもちろん素晴らしいが、同様に完成されたスインガーも素晴らしい。一方、パンチャーだろうが、スインガーだろうが、下手は下手である。

 スインガーは動き始めてからスイングスピードをMAXに到達させるまでの時間がかかるという特性が有る。打撃投球ともに、この特性が近代野球のニーズに合わなくなり、その数を劇的に減らしてしまった。特に打撃の場合、メジャーリーグではトップレベルの選手はほぼ例外無くパンチャータイプに分類される時代になっている。
 つまり、この分類法は良く有る「日米比較」では無い。むしろアメリカ球界の中の新旧比較と言った方が適切である。日本球界もその影響を受けているが、アメリカほど変化は劇的では無い。

 流行に乗れと言っているのでは無い。最低限、自分のタイプを認識してプレーしてほしい。その上で、それぞれの特徴に合わせて自分の技術を組み立てて行ってほしい。まだまだスインガーが活きる道も残されている。

 長期間にわたる研究の中、膨大な数の打撃投球フォームを観察する事によって、パンチャーとスインガーと言う異なる2つのメカニズムの存在が炙り出されるように明らかになっていった。そして、そのメカニズムの違いは、技術論、練習法、適応する道具、戦術の違いにまで繋がって行く。この二つのメカニズムの違いを理解した人は、その知識無しに打撃、投球の指導をする事の無謀さを悟るだろう。

〜パンチャーとスインガーの本質的な違い〜

 この分類法は単なる外見的なフォームの違いに言及するものでは無い。メカニズムの根幹をなす「加速システム」による分類である。車に例えると、ガソリンで動いているか電気で動いているかの違いである。

 スインガータイプの場合、体幹部、下半身で先行動作を発生させ、そこで生み出された力を利用して腕を振る。腕は自ら振ると言うよりもむしろ「振られる」と言った感覚に近い。打撃で「力を抜いてヘッドを落としてやるだけ」等と言う 感覚的技術論はスインガーのそれである。



 パンチャータイプの場合、体幹部、下半身での先行動作は必要無い。自ら瞬発的に力を発揮して一気に腕を振り抜く。もちろん、先行動作が有っても良いが、少なくとも加速メカニズム上は必要無い。自ら大きな力を発揮する意識が有るので、強く打つ、あるいは全力で投げる等の技術論的表現が適合する。



 以上が、パンチャーとスインガーの加速メカニズムの最も本質的な違いである。この根本的な違いに付随して様々な「フォーム的な違い」が生じるが、それらはあくまでも枝葉末節に過ぎない。
 紛らわしいのは、例えば打撃の場合、「準備動作が小さいスインガー」や「準備動作が大きいパンチャー」がいたりする事である。つまり如何に準備動作が小さくても、その力を利用して加速するのであればスインガーだし、準備動作が大きくても最終的に自力で出力するのであればパンチャーであると言う事だ。

 下の動画は、その「紛らわしいケース」の実例である。実践者であれば、紛らわしい例まで見分ける必要は無い。ただ、実践する感覚が有れば典型的な例(このページ冒頭の動画)については解るようになるはずだ。



 重要な事は、この分類法は前述のように「上手いか下手かの違い」では無いと言う事だ。一方が良くて他方が駄目という話では無く、むしろ「どちらも正解だが、中途半端はいけない」という事を理解してほしい。どちらを実践するにしても、中途半端はいけない。自分が選択したタイプに徹しきる事が重要である。

〜パンチャータイプの基本メカニズム〜

 ところで、パンチャータイプの加速メカニズムに対して一つの疑問がわき上がると思う。つまり「それって上半身に頼った力任せじゃ無いの?」という疑問である。結論から言うと、そんな事は無い。そして実はここの所にBPL理論の核心的ポイントが有る。

Anticipatory Postural Adjustment (APA)先行随伴性姿勢調節

 以下APAと言う。APAとは簡単に言うと「身体の一部を瞬発的に動かそうとした時、実際には他の部位が先行して力を発揮する現象」であると言う事が出来る。  
 典型的な実験手法としては直立姿勢から合図に反応して素早く両腕を挙上すると言うものが有る。この時、筋電図を計測すると腕を挙げるための三角筋よりも先に、脊柱起立筋やハムストリングスが無意識下で先行して活動する事が解っている。

図=APAの実験における筋収縮の順序を表すグラフィック

 この現象、つまりAPAは下の動画のような動作でも確認できる。この動画では静止した構えから瞬発的に力を発揮して、両腕で前方にパンチを打とうとしている。そうするとまず下半身と体幹が出力して重心を目的方向に運ぶ。その結果、相対的に肘が後方に引かれる事になり、テークバックしたのと同じ効果(テークバック効果)が生まれる。



 つまり、こういう事である。構えた状態からテークバック等無しにいきなりバットを出してスイングしようとしても、実際には体幹部や下半身が先に出力して重心移動が起きる。このとき反作用でグリップが捕手方向に引かれるため、オートマチックにテークバックが起きる事になるのだ。下図は、このメカニズムを表現している。オレンジ色は筋肉の出力を意味する。(モデル=ジェイソン•ジアンビ)

 ジェイソン•ジアンビ(終盤に横映しあり) 横から見るとステップもテークバックも有る。しかしジアンビはステップしてテークバックしてからスイングしているのでは無い。スイングしようとした結果、オートマチックにステップとテークバックが起きている。 つまりアジアンビの意識の中では、構えから直接バットを出そうとしているのだ。そう思って、ジアンビになったつもりで動画を見てほしい。

 下の動画はBPL理論の実践者によるもので、良く理論を理解した上での実技である。この動画では、「音の合図に反応して、構えた状態から準備動作を取らずにいきなりバットを出し、可能な限り素早く振り抜く」と言う事をやってもらっている。その結果、ハイスピードで見ると解りやすいが、まず最初に下半身が大きく出力し、ステップと重心移動とテークバックをオートマチックに引き起こしている事が解る。この始動時の下肢出力はもちろん無意識で起きている。そして、この現象は一定の説明と手順を踏むと例外無く全ての選手に確認する事が出来ている。


 一方、スローイングでも同じ事が起きる。下の動画では、「ドッジボールを持った投球腕を始めからトップの位置に構えておき、軸脚に体重を乗せた状態を作ったら、そこから瞬発的に力を発揮して出来るだけ速い球を投げる」という事をやっている。その結果、オートマチックに重心移動とテークバックが起きる事が確認出来る。


 もう少しピッチングに近い動きで見てみよう。下の動画では前脚を挙げて後ろ脚に体重を乗せた状態を作ったら、そこから瞬発的に力を発揮して一気に投げるように指示している。「投げるぞ!」と意識した瞬間をスローモーション動画でモノクロに効果音を入れて表現している。ボールを加速しようと意識した事によりAPAによる下肢出力が無意識下で起こり、その結果重心移動が起きている事が解る。重心移動と連動してグラブ腕と投球腕も自然に割れる。


 こうしたメカニズムが働くため、パンチャーのように下半身、体幹部の先行動作を利用せずに末節部を加速させようとしても、実際には下半身、体幹部が先に力を発揮する。その結果テークバック効果を利用できるので、下半身を含めた全身の力を効率的に使う事が出来るわけだ。以上の説明で「パンチャーが上半身に頼った力任せでは無い」ことが理解できるだろう。


 さらに、始動時にはAPAだけでは無く、「動作前筋放電休止期=Pre Motion Silent Period(PMSP)」と呼ばれる現象が起きる。簡単に言うと瞬発的に大きな力を発揮しようとした瞬間、筋肉は無意識下で一瞬だけ活動を停止する(弛緩する)と言う事だ。誤解されやすいのだが、これは意識的に力を抜く「脱力」とは全く別の現象であり、あくまでも無意識で起きるものである。例えば下図のように腕相撲で合図を聞いてから実際に力を発揮するまでの間にPMSPは起きている。


 面白いのはAPAもPMSPも、同じ条件下で同じタイミングで起きる現象であると言う事だ。つまり、瞬発的に力を発揮しようとした、その瞬間である。瞬発的に力を発揮しようと脳で決定してから実際に身体が力を発揮するまでには僅かなタイムラグが生じる。このタイムラグの間に発生するのがAPAやPMSPであると言う事だ。

 始動時にAPAによって下半身、体幹部が力を発揮して重心移動が起きるとき、上半身ではPSMPが発生している。このタイミングで上半身の筋肉が弛緩している事によって、腕が柔軟に動いて充分なテークバック動作が起きるわけだ。下図の青色はPMSPによる筋肉の弛緩を表現している。

 以上が、パンチャータイプの基本メカニズムである。つまりパンチャーでは腕の加速を意識した瞬間(解りやすく言うとスイッチをONにした瞬間)に、APAとPMSPが発生する。その結果、重心移動やテークバックがオートマチックに起きて、末節部の加速を効果的に行うための下準備を行ってくれる。そして、この「スイッチをONにする瞬間」の事をパンチャータイプにおいては「始動」であると捉える事が出来る。


 下の動画はパンチャーにおける始動の瞬間を「モノクロに効果音を入れたコマ」で表現している。始動のタイミング、始動に至るまでの動きには幾つかのバリエーションが有ることが解る。

 

 ちなみに重要な事だが、APAとPMSPは全力を発揮しようとするほどに、その働きが顕著になる。そのため、パンチャーでは「思い切り」という事が非常に重要になってくる。全力で打ち、全力で投げると言う事だ。「力を抜けば抜くほど打球が飛ぶ、指先が走る」というのはスインガー的な技術論であり、パンチャーでは残念ながらそのようにクールにはいかない。パンチャーとは、基本的にはアツい打ち方であり、投げ方である。

スポーツ科学の定説を覆したBPL理論

 「スイング動作は体幹部、下半身から力を発揮して、その力が連鎖的に上半身に伝わる運動である」というのが現在のスポーツ科学の定説である。そのため、そこから導かれる技術論は常に「下半身を使え、体幹部を使え」という「下半身、体幹主導主義」となる。しかし、パンチャーの基本メカニズムが示すように、いきなり末節部から加速しようとしても、下半身や体幹部は無意識下で先行動作を起こす。そして、その結果として導かれる動作(パンチャー)は意識的に下半身で先行動作を起こした場合の動作(スインガー)とは全く異なる。この事が判明した以上、現行のスポーツ科学を下敷きとする打撃や投球の理論は、大きく見直される必要にさらされていると言えるだろう。


関連コラム